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新井英樹さん(漫画家)
「横道世之介」(2012年)

他者の記憶の中に生きる世之介

新井英樹さん(漫画家)「横道世之介」(2012年)

 長崎から上京した横道世之介と大学生活1年目に出会う人々のエピソードが描かれている。でも、「ただの青春映画か」なんて敬遠せずに見て欲しい。

 映画は、バブル期の1987年の「現在」が進行し、時折その十数年後の「未来」の場面が挿入される。たとえば、現在の世之介がガールフレンドの祥子ちゃんと大笑いして、大きなハンバーガーをほお張る。その後、未来で大人になった祥子ちゃんが、世之介を思い出しながら、同じしぐさでパンにステーキを挟んで笑っている。未来のラジオニュースで、世之介の職業がカメラマンだと分かる。一方、現在では、アパートの隣人から借り受け、初めてカメラを手にした世之介が、他者から影響を受けた様が映し出される。

 中盤知らされる、世之介の悲しい未来から先は名場面の連打。未来から見た過去である世之介の現在。その構造が時間軸というものを揺さぶってくる。人は自身のみならず、触れ合う他者の中に過去、現在、未来の順序もなく同時に生きていることを伝えてくれる。人は生まれ、人と出会い、互いの何かを受け取って、死んでいく。そんな影響し合うという死生観に泣き笑いしました。

 俺ずっと、人や本に影響受けることが格好悪いと思っていたのに、この映画見て、それが素敵だなって気づいたんですよ。それからは人と会うのが楽しくて楽しくて。俺の生き方を変えてくれた生涯ベストの映画です。

聞き手・井上優子

 

  監督=沖田修一
  脚本=沖田、前田司郎
  原作=吉田修一
  出演=高良健吾、吉高由里子、池松壮亮、伊藤歩、余貴美子ほか
あらい・ひでき 
 代表作「宮本から君へ」の実写版ドラマがテレビ東京系列で放送中。「愛しのアイリーン」が実写映画化され、今秋公開(吉田恵輔監督)。
(2018年6月1日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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