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外法(げほう)の散髪 
山上重太郎作(大分県宇佐市)

鏝絵(こてえ)に込めた「左官の心」

顔料を練り込んで彩色した漆喰を用いている=滝沢美穂子撮影
顔料を練り込んで彩色した漆喰を用いている=滝沢美穂子撮影
顔料を練り込んで彩色した漆喰を用いている=滝沢美穂子撮影 鏝絵通りにある重松家別邸の鏝絵は、1884(明治17)年に左官・長野鉄蔵が制作=滝沢美穂子撮影

 長寿の鶴亀、子孫繁栄のウサギ、火事よけの波……。民家や土蔵の妻壁、戸袋を、様々な願いが込められた絵柄が彩る。左官が漆喰(しっくい)を使ってコテで立体的に描いた「鏝絵」だ。

 江戸末期、伊豆国(現在の静岡県)の左官・入江長八が発展させたという鏝絵には、施主の依頼によるものと、左官が施主へのお礼に制作したものがある。明治時代には、長八の技術が九州にも伝播(でんぱ)。大分県宇佐市安心院(あじむ)町には明治のものを中心に、約100点が点在する。今も安心院に多く残る理由を、あじむ鏝絵保存会会長の上鶴養正(かみづるやすまさ)さん(78)は「優れた職人がいたこと、戦災や道路拡張工事を免れ、古い家が多いことなどが挙げられます」と話す。

 別府市在住の写真家、藤田洋三さん(67)は、1975年から二十数年にわたり、各地の鏝絵を撮影、調査してきた。鏝絵を「時代を映す壁新聞」とも評する。安心院町楢本にある永田家の戸袋に描かれた「外法の散髪」がまさにそうだ。1885(明治18)年に左官・山上重太郎によって作られた。大黒天が外法(福禄寿)の禿頭(とくとう)を散髪する絵柄は、滋賀県に伝わる民画・大津絵の題材をもとにしている。だが、こちらの大黒天はブーツを履き、手には洋ばさみ。棚にはヘアトニックの瓶もある。上鶴さんは「こんな山あいの地に、文明開化の風俗をユーモアたっぷりに描いた左官がいたことに驚きます」。

(牧野祥)

 安心院町

 大分県北部に位置し、スッポンとブドウの産地として知られる。地名の由来は諸説あるが、アシが生い茂った地だったことから「葦生(あしぶ)」と言われ、それが「安心(あじむ)」に転じたという。

 藤田洋三さんの調査時点では、鏝絵のある家は全国で約5千軒、大分県で約3千軒あったという。1996年、「大分の鏝絵習俗」として国の無形民俗文化財に選ばれた。

 《アクセス》東九州道(宇佐別府道路)安心院インターから「外法の散髪」まで車で8分。そこから、通称・鏝絵通りへは車で5分。


ぶらり発見

あの世

 安心院インターから車で5分の安心院葡萄酒(ぶどうしゅ)工房(TEL0978・34・2210)は、麦焼酎「いいちこ」で知られる三和酒類のワイナリー。安心院産のブドウを使う。ショップは午前9時~午後4時、(祝)を除く(火)休み。

 同インターから車で10分。江戸時代、仏の教えを説くために作られたとされる桂昌寺跡・地獄極楽は、70メートルほどの洞窟内に閻魔(えんま)大王や十三仏などが置かれ、「あの世」が表されている=写真。問い合わせは宇佐市観光協会安心院部会(34・4839)。

(2018年7月24日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)