伊豆大島の実家は土産物店を営んでいました。善菓子屋さんはそのご近所。幼いころ、牛乳煎餅を手焼きする姿が面白く、家の裁ちばさみを2、3本、煎餅の焼き型に見立てて並べ、まねして遊んでいました。私は歌舞伎の舞台で情景や人物の心理を義太夫節で語る「竹本」の道に進みましたが、子どもの時分から演じるのが好きだったんですね。
今も母から届く荷物には時々この煎餅が入っています。大島産の牛乳の風味、香ばしさや優しい甘さが、このごろ特においしいと思うようになりました。お茶やホットミルクに浸すことも。煎餅に焼き印された「私しゃ大島 御神火育ち 胸に煙りは 絶えやせぬ」は、島民になじみ深い大島節の歌詞。包装に描かれたツバキからとれる油は自慢の名産です。
大島では神仏にお菓子を供えることを「しんげる」と言います。三原山を神として敬い、自然との調和を工夫して暮らしてきた祖先に感謝するのは日常のことです。伝統芸能の家柄ではない私がこの道でやってこられたのは、子どものころから先人への敬意を教えられてきたからだと思います。
◆東京都大島町元町2の9の13
(問い合わせは04992・2・1220)。
島内の土産物店のほか、港区海岸1丁目の竹芝客船ターミナル内「東京愛らんど」でも缶入り(2枚×8袋)を720円で販売。
たけもと・あおいだゆう 歌舞伎義太夫の太夫。
1960年生まれ。国立劇場研修生を経て昨年、異例の若さで人間国宝に。東京・銀座の歌舞伎座「三月大歌舞伎」(現在休演中)に出演。