最後の展示室には、一見、抽象表現とは縁遠そうな一枚の油絵があった。岸田劉生(1891~1929)の「鯰坊主」だ。造形作家の岡﨑乾二郎さん(61)は、「岸田は見えるものをそのまま描くのではなく、その奥に隠れたものを描こうとした」と話す。それが抽象芸術を生んだ問題意識に通じるのだろう。
今作は、歌舞伎の役者絵。その顔は、背景と同じようなマットな筆致でのっぺりと白く塗られている。絵に近づいてみると、目だけは生き生きとして立体感があり、一種異様な姿だ。
岸田は写実を徹底的に追究することで、目の奥に潜む「形の本質」を捉えようとしたという。岡﨑さんは「絵は見えないものや、理解できない事物を表現することが可能なんです」と締めくくった。