そっと口元に寄せた袖には、ひし形を組み合わせた「四菱」の文様。一番上に羽織った唐衣には「花菱」が鮮やかに浮かぶ。日本画家・上村松園(1875~1949)の手になる本作。様々な伝統文様を身にまとった紫式部が、月を眺めている。
「松園は古画や古典文学から、有職装束をよく研究して描いたようです」と学芸員の今泉たまみさん。これらの柄は、鎌倉時代に描かれた「紫式部日記絵詞」にも見られると説明する。
腰から下がったひもに見えるのは、市松模様。江戸中期の歌舞伎役者、佐野川市松がこの模様のはかまをはいて流行したが、元は公家が用いた格式ある有職文様だ。市松模様は霰(あられ)模様とも言われ、ここに「か=鳥の巣の意、※漢字表記は穴+果)文様」を合わせれば「かに霰」と呼ばれる文様に。画中のひもにも、ところどころに白いかの紋が。日本の意匠の奥深さが、この作品にひそんでいる。