うっそうとした竹林から現れる狸。丸い体に太めの尻尾、黒々とした鼻や手足の先でそれとわかる。ふっくらと体を覆うのは冬毛だろうか。
作者は「狸の桜谷」と呼ばれた木島桜谷(このしまおうこく、1877~1938)。写生と運筆の修練に励み、動物画を得意とした。1913年に移り住んだ京都・衣笠に頻繁に現れた狸を描き、定評を得た。竹やぶには墨をたっぷりとはき、狸の毛はかすれた筆づかい。巧みな筆さばきで描き分けた表現が際立つ。丁寧に描かれたひげや顔、今にも動き出しそうな歩く姿は愛らしいが、どこか悲哀が漂う。
桜谷は中央画壇と距離を置いて衣笠にこもり、漢詩を好んだ。ついたあだ名は「論語読みの桜谷」。桜谷の動物たちは思念するかのようで、彼らが身を置く自然の厳しささえ感じさせる、と学芸員の早川祥子さん。
表具には星模様の裂(きれ)が使われている。「墨をはいた竹林と相まって、星が明るく輝く月のない夜の静寂を感じさせるようです」