赤みがかった空。菜の花、桃の花、新緑の木々の向こうに奈良・法隆寺の五重塔と金堂が見える。やわらかな色合いが、春の夕暮れ時に連れていってくれるような作品だ。
東京出身の吉田善彦(1912~2001)は、1940年から法隆寺金堂壁画の模写事業に従事した縁で、大和地方を第二の故郷として四季の風景を描き続けた。風化した壁の中に生き続ける先人の思いと技を感じた吉田は、自身の日本画表現を極限まで追求。淡い彩色の上に金箔で線を施し、もう一度色を置いて描き起こす「吉田様式」を編み出した。
「材質がもたらす効果だけでなく、複雑に重なり合った奥行きが素晴らしい」と主任学芸員の宮崎いず美さんは話す。土台にあるのは真っ黒になるほど描き込んだ写生。「絵の具を使えば金がかかるが、手を使うのはタダだ」とは、東京芸大在学中の田渕俊夫氏が、同時期に同大で教えていた吉田から聞いた言葉だという。(※6月21日まで臨時休館中)