岐阜で提灯作りが始まったのは江戸時代中期ごろ。19世紀中頃には繊細な骨組みに薄い美濃紙を張り、草花など優美な彩色画を施した形が完成した。
イサム・ノグチが生み出した「AKARI」も、岐阜提灯の製造技法を駆使して、職人の手で作られる。1952年に初めて一般公開されると岡本太郎らが高く評価。岐阜の業者によって製造され、販路は海外にも広がった。 「AKARI」についてノグチ自身は「……大きな意味をもつのは、それが投げかける光の質である」と書いた(みすず書房「イサム・ノグチ エッセイ」)。和紙を透かした光には現代的な素材に求めても得られない「人間のぬくもりがある」と。
シリーズ約90点を展示する本展。副館長・学芸員の上屋美千弘さんは、「部屋の片隅、和室の隅、縁側にひっそりと光を投げかける、その温かさにひかれます」と語る。