悠々と泳ぐ鯉。その動きに合わせてゆらめく水紋の流れが見て取れる。うろこは1枚ずつ細やかな筆致で描かれ、背びれや胸びれには、絵の具がこんもりと盛られている。立身出世を象徴する鯉は、陶板のモチーフとしても好まれた。
描いたのは、東京の陶磁器の絵付け工場、瓢池園(ひょうちえん)専属の日本画家・都永晞(みやこえいき)。鯉の絵を得意とし、1889(明治22)年のパリ万博でも銅メダルを受賞した。
明治初期、今の愛知県瀬戸市などの産地で焼かれた白地の陶板は、東京や横浜で絵付けして輸出された。次第に産地に近い所で絵付けが行われるようになり、「名古屋でも絵付け師が増え、都も移ってきた」と、学芸員の原久仁子さん。
原さんは、布が貼られた額縁や表具と、陶板との劣化の差にも注目してほしいと話す。「時が経ち退色した布地とは対照的に、陶板は色あせていません。磁器だからこそ表現できる水の透明感は、当時のままです」