兄の豊臣秀吉を右腕として支え、天下統一までの礎を築いた豊臣秀長。没後、菩提(ぼだい)を弔うために秀吉が建立した大光院(京都市)に残る木像が、その面影を伝える。
玉眼の瞳に、パーツごとに作られた寄せ木造り。最も格式の高い朝廷の正装「束帯」をまとい、笏(しゃく)を持つ姿は威厳に満ちているが、表情には柔らかさが漂う。
大和国(奈良県大和郡山市付近)を治めた秀長は、民に慕われたという。朝廷から大納言の地位を得ると、親しみを込めて「大和大納言様」と呼ばれた。大光院も当初は大和国に建てられたが、後継の秀保が早世したのち、重臣の藤堂高虎によって京に移された。
学芸員の高橋哲也さんは「この像は大光院に残る肖像画とも似ています」と解説する。「秀長はこんな顔だったのかと思いました」と話すのは学芸員の板谷寿美さん。兄弟の出生地、名古屋市で開催中の本展では、史料で2人の実像に迫る。