豊臣秀長所有の品として唯一明らかになっているのが、この大ぶりな茶入だ。
「唐物(からもの)」と称された中国からの舶来品で、大阪・堺の名医、竹田薬師院家が所有したことから、その名を銘に取る。その後、織田信長、兄の豊臣秀吉の元を経て、秀長の手に渡った。千利休の高弟は、茶道具の書物に「薬師院のかたつき 秀長大納言殿」と、所有者名を記している。別の書物には、天正15(1587)年1月11日、秀長が主催し、自ら点前を務めた茶会で用いられたとある。
「権威の象徴だった格の高い茶道具で武士や商人をもてなす茶会は、円滑に交渉を運ぶ手段でした。戦の褒美になる土地が不足し、一国に値するとも言われた茶道具が恩賞になった時代でもありました」と学芸員の板谷寿美さん。後に徳川将軍家など高位の人々の手を転々としたこの茶入。秀吉ほど多く茶道具を持たなかった秀長の、現代に伝わる貴重な所持品だ。