我々がパリを観光で訪れた際に、別段美術好きでなくても迷うことなくルーブル美術館やオルセー美術館へ向かうのはそこにフランスの文化が展示されているからです。同様に外国の方が日本に来て、日本の文化であり西洋絵画に大きな影響を与えた浮世絵を観に行くのは当然のことです。絵画というものは、その作品を生み出した「土地」で観るのが最も適しています。
しかし、意外なことに日本が世界に誇る江戸文化の象徴でもある浮世絵を紹介する専門の美術館は都内に一カ所しかありません。五代太田清藏氏(1893~1977)により収集された1万2000点以上もの浮世絵コレクションを年間通して展示している太田記念美術館だけです(かつて都内にあった平木浮世絵美術館、礫川浮世絵美術館は現在閉館中です)。
太田記念美術館が、浮世絵専門の美術館として原宿の地に開館したのが今から35年前。当時から若者の街であった原宿に浮世絵は不釣り合いなように思えるかもしれませんが、逆に原宿という場所に浮世絵は似合い、しっくりくる存在なのです。
今でこそ芸術作品として海外のオークションで億を超える高値が付けられている浮世絵も、江戸時代は最新文化として庶民を楽しませていたサブカル的なものでした。よくよく考えると現代の流行の発信地である原宿とこれほど相性の良いものも他には見あたりません。江戸時代のポップカルチャーを、現代の最新文化の発信地原宿で観るということに我々日本人よりも海外の方の方が、自然に感じて受け入れているようです。
実際に太田記念美術館を訪れる外国人の数は入場者全体の15%にも達するそうで、最も多い時には実に30%を占めるそうです。どうりでいつ行っても熱心に浮世絵に見入る海外の方の姿を見かけるはずです。竹下通りやキデイランドと浮世絵専門美術館や明治神宮は、彼らの頭の中には、日本を理解するための同じ線上にあるのです。
2020年の東京オリンピックを控えこれからますます浮世絵のみならず日本文化全体の再評価の機運が高まるのは必至。毎月展示替えを行い使命感に燃える太田記念美術館に見習う点が我々にも多々ありそうです。
太田記念美術館の地下1階には、手ぬぐい専門店「かまわぬ」の原宿店が店を構えています。平安時代には高貴な身分の者の装身具であった手ぬぐいも、綿の栽培が盛んとなった江戸時代に入ると庶民が日常使いするものとなりました。浮世絵同様に、ありとあらゆるものがモチーフとされ目を楽しませてくれます。四季の移り変わりに敏感な感覚を有し、身の回りのもので季節感を演出することにことさら情熱を傾けた江戸時代の人たちにとって、手ぬぐいはマストアイテムだったのです。「かまわぬ」には四季折々の柄の手ぬぐいが常時200種類も置かれています。美術館を訪れるごとに一本ずつ増やしていくなんて楽しみもありですね。 |
太田記念美術館
〒150-0001
東京都渋谷区神宮前1-10-10
開館時間:10時30分~17時30分
(入館は17時まで)
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)
ハローダイヤル:03-5777-8600
URL:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/
【筆者プロフィール】
中村剛士(なかむら・たけし)
Tak(タケ)の愛称でブログ「青い日記帳」を執筆。展覧会レビューをはじめ、幅広いアート情報を毎日発信する有名美術ブロガー。単行本『フェルメールへの招待』(朝日新聞出版)の編集・執筆なども。
http://bluediary2.jugem.jp/