「韓流の聖地」として知られる東京・大久保。日本で韓流ブームが巻き起こる10年ほど前、この街の可能性に気付き、韓国食材を売るスーパーを始めた韓国人がいる。「韓国広場」社長の金根熙さん(60)。「日韓の友情回復がライフワーク」だと話す金社長に、日韓関係や大久保の街にかける思いを聞いた。
(永井美帆)
――――金社長は韓国・木浦(モッポ)市のご出身ですよね。日本に来たのはいつですか。
1985年に来日して、一橋大大学院で社会政策史を学んでいました。研究しながら、日韓の発展にとって両国の友情を回復することが不可欠だと感じたんです。それには、頭で難しいことを考えるだけではダメ。おいしいキムチを食べてもらう方がずっと両国の懸け橋になると方向転換しました。
――それで「韓国広場」を始めることにしたんですね。
その頃はキム・ヨンジャらの韓国人歌手が人気を集め、88年にはソウル五輪が開かれるなど、日本が韓国に関心を持ち始めた時期でもありました。そして、92年に職安通りに韓国食材を売るスーパー「韓国広場」を開きました。
――なぜ大久保を選んだんですか。
今でこそハングルの看板があふれているけど、当時はシャッター通りでした。韓国学校が近く、周辺に暮らす韓国人も多い。きっと韓国人が集まる場所になると確信しました。学校行きのバスに広告を出したり、看板をハングルにしたりすると、すぐに反応がありました。
――お店ではどんなものを販売していたのでしょうか。
「韓国広場」をつくった目的が、韓国の生活文化を通じた日韓の友情回復です。そのためには、韓国人が食べている本場のキムチを紹介することも一つ。それまで、日本ではキムチというとニンニクくさく、嫌われものでした。それをあえて友好の道具として使えないかと考えたんです。当時、韓国人に喜ばれたのが韓国の新聞ですね。2、3日遅れで届くんですけど、店に並ぶ時間に合わせて仕事を抜けて来る人もいました。
――2002年に日韓サッカーワールドカップ共催、03年にドラマ「冬のソナタ」が日本で放送されると、韓流ブームが巻き起こりました。
その後、東方神起などのKポップ人気もあって、韓国人だけでなく、多くの日本人も訪れるようになった。でも、この街にはもともと暮らしている日本人がいて、我々は後から来たんです。ある日突然、大勢の人が押しかけて騒いだら、住人は不安ですよ。だから、私は決してこの街を「コリアンタウン」とは呼びません。昔からいる日本人に失礼でしょう。そして、街の歴史を学ぶ勉強会を開いたり、防犯パトロールをしたり。当事者の責任として街づくりにも積極的に関わってきました。
――「韓国広場」の事業もスーパーだけでなく、日本語学校や韓国料理店など、様々な分野に展開していきます。
私の会社には三つの概念があります。一つ目が「窓」。韓国の今が見られるショーウィンドーです。次は「場」で、日本人と韓国人が集まり、交流する場所です。そして、最後が「港」。ここを通じて日本人は韓国に入り、韓国人は日本に入るという意味です。その理念のもと、料理教室も開くし、韓国料理の店も運営する。韓国の生活文化を身近に感じて欲しいからです。
――その後、2012年ごろから竹島問題やヘイトスピーチなど、日韓関係が冷え込みます。
確かに街のにぎわいは減ったけど、ドラマやKポップなどの「遊び」、キムチなどの「食」といった生活文化で結ばれた人たちは決して離れませんでした。そして、ブームの時期はあらゆる韓流があふれていたけど、今は本当にいいものだけが残っている。だから今が一番健全な状態って言えるんじゃないですか。それに長い歴史で見たらケンカしている時期なんて本当に一瞬ですよ。
――金社長は今後、日韓関係や大久保という街がどうなって欲しいと思っていますか。
もちろん日韓が仲良くなって欲しいというのが一番。あと、大久保から「日本発の韓流」が出てこないかな。日本式のカレーが世界中に広まったみたいに。韓国と日本の文化が融合して、ここから新しい形の韓流が出てきたらおもしろいですね。
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《韓流の聖地・大久保とは》 JR新大久保駅から明治通りに至る「大久保通り」、これと平行する「職安通り」に挟まれた東西約700メートル、南北約330メートルのエリアに、韓国料理店やコスメショップ、韓流グッズを売る店などがひしめく。最近はミャンマー、タイなど東南アジア系の料理店も多く、多国籍な雰囲気がただよう。 |
◆韓国広場(東京都新宿区大久保1の12の1)は、1992年設立。従業員数約160人、売上高約37億5300万円(2016年2月期)。スーパー「韓国広場」では約500平方メートルの店内に肉や野菜、米、ラーメン、キムチ、のりなど2千種以上の韓国食材をそろえる。ほか、卸売り、貿易、外食、韓国化粧品の輸入・製造・販売などの事業も展開。
http://www.ehiroba.jp