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伊藤尚美さん(水彩画家)
「画家と庭師とカンパーニュ」(2007年)

生きるとは…緑の中での会話

  和歌山静子さん(絵本作家)「第三の男」(1949年)

 

 パリでの生活に疲れて故郷に帰ってきた画家の男と、彼の屋敷の庭の手入れを頼まれた庭師のお話です。

 小学校の同級生だった2人の会話には、生きるとは、職業とは、といった人生訓みたいなものが随所に出てくるけど、説教臭くなく、すーっと入ってくるんです。それは、あふれる緑の中で、2人が自分の仕事を愛し豊かに生きているのが伝わってくるからなのかな。そんな2人の会話が交わされる光いっぱいの自然を一枚の絵にしました。

 互いに影響し合い、次第に2人の世界は穏やかな幸せに包まれていく。しかしある日、画家は庭師の命がもう長くないことを知ります。庭師が亡くなる前に残した「名画でなくてもいい、僕の好きな物を描いてくれ。明るい色の絵がいいな」という言葉が特に心に響きました。

 画家は庭師の愛用品や農作物を描きました。その絵は単純だけど、心を打つんです。自分の好きなことを職業にし、試行錯誤して作り上げたものには作り手の喜びが残っているし、人の心にまっすぐ届く強さがありますよね。それは絵であれ庭であれ、一緒だなって思います。

 私も5年ほど前、地元の三重・伊賀に戻りました。映画の舞台と同じような田舎で、アトリエの前には自然があふれ、果樹園では色々な果物を育てているんですよ。絵を描くのも作物を育てるのも、自然を感じ、創造するという点では同じ。だから画家と庭師というのが今の私にはぐっときたんです。

聞き手・相田香織

 

  監督・共同脚本=ジャン・ベッケル
   製作=仏
   出演=ダニエル・オートゥイユ、ジャン・ピエール・ダルッサンほか
いとう・なおみ
 1971年生まれ。14年目を迎えるテキスタイルブランド「nani IRO Textile」を主宰。作品は書籍の装丁画などにも使われている。
(2015年6月26日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)