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内澤旬子さん(文筆家・イラストレーター)
「日の名残り」(1993年)

切なくも美しい、不器用な恋

 内澤旬子さん(文筆家・イラストレーター)<br>「日の名残り」(1993年)

 

 恋愛ものって、なかなか成就しない方が心に残る。しかも大好きなアンソニー・ホプキンスが執事を演じる、長年越しの恋愛。もどかしさにハマりました。

 1938年、ロンドン郊外の屋敷で働く執事スティーブンスは、若くて優秀なメイドのケントンと出会う。互いに惹(ひ)かれ合うものの、彼には「執事たるもの」という考えや、男の体面とか、色々な枷(かせ)があり、彼女に冷たく振る舞うんです。父親の死に際にも仕事に徹するかたくなな彼ですが、一方で、淡い思いを込めて恋愛小説を読んでいたのがばれてしまう。なんという不器用さ。99%の「ツン」(冷たい態度)が「デレ」(好意的な態度)を際だたせます。結局、彼女は別の男性と結婚して退職する。

 20年後、同じ屋敷で働くスティーブンス。第2次大戦後、英国貴族から米国の富豪に主人も変わりました。自分が時代とずれていく切なさは、現代の中年にも通じますね。そこにケントンから手紙が届き、夫との不和を伝える。スティーブンスは今度こそはと、彼女を迎えに行きます。現実を受け入れた末に2人が手を握る場面は、切なくも美しいです。

 作中に登場する、使用人専用の隠し扉や裏階段などの仕掛けも面白い。現代では想像しにくい執事やメイドの日常や価値観が分かる場面が多く出てきます。私はこれまで世界のと畜やトイレ事情などを取材してきたので、映像でも暮らしの細部に異文化を知る手がかりを求めてしまうんですね。

聞き手・中村和歌菜

 

  監督=ジェームズ・アイボリー
   原作=カズオ・イシグロ
   製作=米
   出演=アンソニー・ホプキンス、エマ・トンプソンほか
うちざわ・じゅんこ
 1967年生まれ。国内外のルポや自らの体験を、イラストや文章で発表。著書に「飼い喰い 三匹の豚とわたし」「捨てる女」など。
(2016年1月15日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)