|
女帝の称徳天皇から寵愛(ちょうあい)され、法王にまで上り詰めた奈良時代の怪僧・弓削(ゆげの)道鏡を題材にした映画です。衣笠監督の道鏡は、蓬髪(ほうはつ)に黒衣装束の異形ながら、修行で身につけた法力で庶民を助け、政(まつりごと)はハートで行うのだと気を吐き、伝わっている道鏡のイメージとは異なります。
身分を問わず、誰にでも慈悲を説く道鏡と女帝の関係は、信頼から恋愛へと移行します。修行僧や行者が異性を愛すると法力を失うといわれますが、純度の高い相思相愛ならば、愛を肯定することでポジティブなエネルギーは増幅し、周囲も共鳴し合うのが宇宙の理(ことわり)と思います。けれど皆が幸せになっては、権力欲につかれた者たちが、人々を支配することは難しくなってしまいます。ゆえに、万民の幸せを願えば、多くは受難に遭う。
初めて見た時、美人女帝によろめく道鏡役の市川雷蔵さんの演技に笑ってしまいました。ですが、私欲に走る宮廷の高官を喝破し、仏の道を説く道鏡の言葉は凄(すご)みがある。雷蔵さんでなければ、せりふの重みを伝えられなかったと思います。仏道と愛の二つの道を選ぶことが許されたラストは見応えがあります。
衣笠作品は、どの映像にも美がある。調度品や衣装の質感、細かな刺繡(ししゅう)の模様、布が風になびく様。光と影。瞬きをしない女帝。細部が描かれた玉虫厨子や、御物が並ぶ正倉院の内部も目が離せません。道鏡は、本当は徳の高い僧だったのでは。隠れた歴史の側面を再認識させてくれます。
聞き手・小寺美保子
監督・共同脚本=衣笠貞之助
出演=市川雷蔵、藤由紀子、万里昌代、片岡彦三郎ほか
おかの・れいこ
隔月刊「メロディ」(白泉社)にて「陰陽師 玉手匣(たまてばこ)」(原案・夢枕獏)を連載中。 |