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原作の三浦哲郎さんの小説は、文庫本がボロボロになるまで読みました。その後映画化され、確か金沢の映画館で見たのかな。モノクロで、暗く重い世界が見事に再現されていて、衝撃でした。
主人公の哲郎はきょうだいに自殺者や失踪者を4人も出し、不吉な「血」に悩む東北出身の大学生。東京・下町の小料理屋「忍ぶ川」で、貧しい家庭に育ちながらけなげに働く娘志乃と出会い、愛し合います。志乃を演じる栗原小巻さんが愛らしくてね。料理屋の暖簾(のれん)と雪景色を背景に、彼女を絵にしました。
私も小学生の頃に父を、その後祖父母を亡くし、哲郎と自身の生い立ちが重なります。死について考える少年期を過ごしました。同級生からのいじめもあり、24歳まで引きこもって絵を描く日々。でもこの作品に出会い、哲郎はもっと辛い人生を生きていた。だから「私も生きられる」と救われました。
志乃には家がなく、家族は神社のお堂を借りて暮らしていました。やがて哲郎の家に嫁ぎ、家族だけの結婚式を挙げる。この式を私もまねてみたくて、家内と結婚する時「式はもう決まっている」と原作小説を手渡したんです。何も言わずついて来てくれました。
雪の中、汽車で新婚旅行に向かう場面が印象的です。志乃が自分の家を見つけ、「見える、あたしのうち!」とはしゃぐんです。ようやく家を持つことができた。不遇な人生を送ってきた2人に光が差した瞬間です。
聞き手・永井美帆
監督・共同脚本=熊井啓
出演=栗原小巻、加藤剛、永田靖、滝花久子、可知靖之、井川比佐志、山口果林ほか
にし・のぼる
1946年、石川県生まれ。宮城谷昌光や北方謙三など、人気作家の挿絵を多数手がける。2001年、講談社出版文化賞を受賞。 |