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「ローマの休日」や「ベン・ハー」など数々の名作を手がけた巨匠ウィリアム・ワイラーの異色作です。
チョウの収集が趣味の孤独な銀行マンが、ロンドンの美術学校に通う女性を誘拐し、地下室に監禁するというサスペンス劇。同様な事件が現実に起こる現代、この映画を紹介するのはためらわれました。ですが、登場人物の心理描写や、カメラワークなど細部まで作り込まれたワイラーの職人芸には感服します。
冒頭から印象的です。主人公フレディが、以前から思いを寄せるミランダを車で尾行する。にぎやかな街並みを走る車内から撮った主人公の目線のカメラワークが見事です。平和な街中で惨劇が起こるのを予感させ、最初の5分で映画の世界に没入してしまいます。
恐ろしいのは、主人公の動機が偏執的な愛情にあることです。フレディが不気味な目つきから一転、ぽっと顔を赤らめて「僕のことを知ってもらいたい」とミランダに告白する場面では、自分の中にもどこか彼に通じる部分があるのではと思わされた。これは単に変質者の話として切り捨てられない作品なのではと感じたのです。
劇中でせりふをしゃべるのはほぼ2人だけ。それでも最後まで飽きさせないワイラーは、やはり演出の王様です。登場人物が2人だけの漫画を描いた経験はありませんが、絶望へ向かって2人の気持ちが折り重なっていく展開は非常に参考になりました。
聞き手・曽根牧子
監督=ウィリアム・ワイラー
原作=ジョン・ファウルズ
製作=米 出演=テレンス・スタンプ、サマンサ・エッガーほか おぜ・あきら
1947年生まれ。代表作に「夏子の酒」など。落語漫画「どうらく息子」が「ビッグコミックオリジナル」(小学館)に連載中。 |