僕は、映画館に行くのが怖いんです。映画館って、現実の世界を置き去りにして、映画の世界に没入させる装置。時空に身を任せる怖さがあるんですよね。この映画は、常盤貴子さんが書く新聞連載コラムの挿絵を担当した縁で、試写会に招いていただき、小さな映画館で見ました。「怖さ」を決定的にした作品です。
品川徹さん扮する元病院長の鈴木光男という老人が亡くなり、訃報(ふほう)を受け集まった親族の前に、常盤さん演じる謎の女性が現れる。そして次第に、老人の樺太での壮絶な戦争体験が明らかになっていくという物語。
この鈴木老人の家の庭には巨木があって、それを見たとき、僕の子どもの頃の記憶がよみがえってきました。当時通っていた病院も「鈴木医院」。待合室には同じような巨木の絵が飾ってあったんです。その小さな一致は、登場する出演者や、その後描かれるシーンにまでおよび、僕の過去の出会いや体験と見事に重なっていった。何が映画で何が現実か、本当に恐怖というか。
大林宣彦監督は、そんな時空の境目みたいなものを描く人です。現実は氷山の一角で、その裏では様々なつながりがうごめいている。まるで一本の巨木の根が宇宙に張り巡らされていて、その根を伝うように人と人、記憶と経験、過去と未来がつながっていくイメージ。「僕」という存在も、そういうつながりの中で生かされているということを、考えざるを得なかったですね。
聞き手・渡辺香
監督・脚本=大林宣彦
原作=長谷川孝治
出演=品川徹、常盤貴子、村田雄浩、松重豊、安達祐実ほか すずき・やすひろ
1979年生まれ。武蔵野美術大准教授。8月5日~来年2月25日、神奈川県箱根町・彫刻の森美術館で「鈴木康広展」開催。 |