二つの博徒の勢力が抗争を繰り返し、荒れ果てた北関東の宿場町。そこへ現れた浪人が、この悪者同士を闘わせて――。三船敏郎演じる浪人は、道に投げた木の枝の向きで行き先を決めるいい加減な男。名前を聞かれると、広がる桑畑を見て「桑畑三十郎」「そろそろ四十郎だがな」と言う。なんともいえないユーモアだね。黒澤監督は、作るのが面白くてしょうがないんだな、と感じます。
娯楽作品ですが、暮らしの切実さも見える。飯屋のじいさん、棺おけ屋、人物それぞれに味わいがある。三船自身の粗野なところも生きています。公開時に見てからもう何回見たかな。とくに好きなのが、三十郎が用心棒として売り込んでいた組で歓待される場面。交渉事の最後に突然、大柄な遊女が出てきてチャンチャカ踊る。田舎っぽくてね。強烈で印象的です。あまり重要でない場面をわざわざ持ってきて、異質な空気をポンと差し込む。黒澤監督のにくいところです。
絵描きのせいか、映画は人物がいる「風景」なんです。ストーリーや役者よりも、作品世界に興味が行く。挿絵の仕事では、まず作家が何を言いたいのかを考えます。でも、文章と同じものを描いて、説明する必要はないんです。雰囲気が分かればいい。見えない部分に何があるか、僕なりに表現してきました。映画にはありませんが、遊女の踊りを見た三十郎は「げー」っとなって、ひっくりかえるんじゃないかな。これはそんな想像です。
聞き手・小寺美保子
監督・共同脚本=黒澤明
出演=三船敏郎、仲代達矢、東野英治郎、山田五十鈴ほか
むらかみ・ゆたか
向田邦子、五木寛之ら多くの文筆家の挿絵や装丁を手掛ける。来秋、東京・銀座の和光ホールで個展を予定。 |