新米教師の岡野と小学校の児童をはじめ、同じ町に住む独り暮らしのお年寄りや、子育て中の母親ら、登場人物の境遇は様々。それぞれ問題を抱えながらも一歩踏み出す様が、丁寧に描かれます。
監督はどう指導したのだろう。そう思うほど子どもたちの演技が自然体で驚きました。特に、母雅美から虐待を受けるあやねの泣き声には心が痛みます。そのほかの演出も秀逸です。例えば、怒った雅美に手を引かれてあやねが角を曲がる瞬間、助けを求めるような表情をこちらへ送るんです。角の向こうで虐待が始まるのを想像させる、際(きわ)の表現がすごい。
「虐待を受けた子は、親になると子を虐待する」と言われますが、あやねが雅美と同じ黒い靴を欲しがったのはそれを暗示しているのかも。けれど、虐待に気づいた友人陽子が雅美を抱きしめ、連鎖は断たれます。そうやって優しさを伝えることが、未完成で理不尽な世界を生きやすくするヒントになるのだと学びました。うちにも子どもが3人いるので、年中無休の子育ての大変さが分かります。初めから立派な親なんていませんから。
学級崩壊に悩む岡野が子どもたちに出した宿題も、家族に「抱きしめられること」でした。宿題の結果を発表しあい、クラスは打ち解けます。しかし、岡野が気にかけていた男の子は欠席して……。抱きしめることで全てが解決するとは限らない。それでも人と関わり合おうと努力するか? ラストにそう問われた気がしました。
聞き手・中村和歌菜
監督=呉美保
原作=中脇初枝
出演=高良健吾、尾野真千子、池脇千鶴、喜多道枝、高橋和也、富田靖子、黒川芽以ほか
さかもと・しんいち
代表作に「孤高の人」。フランス革命期の処刑人一族を描いた「イノサンRouge(ルージュ)」の7巻が12月19日発売予定。 |