読んでたのしい、当たってうれしい。

現在
58プレゼント

中村宏さん(画家)
「天国と地獄」(1963年)

身代金投げる場面 黒沢のすごさ

中村宏さん(画家)「天国と地獄」(1963年)

 誘拐を題材にしたこの映画は、前半と後半でトーンが変わります。前半は、サスペンスです。靴会社の常務、権藤の息子が誘拐されたと思いきや、誘拐されたのは運転手の息子。悩んだ末、権藤は財産をなげうって身代金を払うことにします。後半は、誘拐犯を捕まえるため、刑事が大活躍する大捕物。

 この二つの要素をつなぐのが、私が一番好きな中盤の特急列車の場面です。洗面所の窓から鉄橋の下の河原に身代金を投げるんですが、このあたりのシーンは黒沢のすごさを感じさせます。

 権藤が札束の入ったバッグを外に投げ出し、刑事たちは、列車の先頭と後方では8ミリ映写機を、座席からはカメラを構え、その様子を記録しておきます。窓から投げようとする権藤、先頭と後方の映写機と、それぞれの視点からの風景が短いショットで入れ替わり、手に汗握る緊張感を生みだします。

 画面いっぱいに写される車窓から見える風景は、絵の構図としてもいい。絵画的場面をつなげて映画を作っているかのようです。画家を目指したことのある黒沢らしい。構造も凝っていて、撮影されている俳優が映画の中で撮影して、映像の中の映像という重層的なつくりになっています。

 初めて見たのは、描く題材や手法を模索していた30代のとき。この映画が大きいきっかけになって、「車窓篇」という走っている列車を題材にした絵を描くようになりました。

聞き手・土田ゆかり

 

  監督・共同脚色=黒沢明
  原作=エド・マクベイン
  出演=三船敏郎、仲代達矢、香川京子、山崎努ほか
なかむら・ひろし 
 1932年生まれ。50年代の「ルポルタージュ絵画」で注目される。著書に「絵画者 1957-2002」(美術出版社)など。
(2018年3月9日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)