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杉戸洋さん(美術家)
「描かれた人生」(1936年)

レンブラントの成功と苦悩

杉戸洋さん(美術家)「描かれた人生」(1936年)

 美術をやる人間として、画家を取り上げた美術映画はやっぱり気になるので見ちゃいます。変に美化したり複雑化したりする映画が多い中、この映画はシンプルに神髄を見せてくれるのがいい。

 光と影をドラマチックに描いた17世紀のオランダの画家、レンブラントの伝記映画です。富も名誉も得て成功の頂点を極めたレンブラントが、愛妻サスキアを亡くした後にどん底に落ちていく。それをただ淡々と描いています。

 古代イスラエルの王、サウルとダビデを題材にした絵を描く場面が印象的です。左上から降りる光が、乞食(こじき)の男扮する初代の王サウルと、息子のティツス扮する次代の王のダビデを照らす。富と権力を得ながら主を失い没落するサウルとレンブラントの対比で、神がサウルを見捨てていないことを示すような、2人に光が当たる構図がいいんです。この構図はポーズにしても美しく、大学の講義でも使いました。今回描き下ろした絵は、槍(やり)を手にカーテンで涙を拭うサウルと、その傍らでハープをつま弾くダビデのこの場面をイメージしたものです。

 映画の終盤、老いたレンブラントがソロモン王の言葉を語ります。「空(くう)の空なるかなすべて空なり」。成功を遂げてもなお霞(かすみ)の中に生きるようなレンブラントの苦しみの表れ。頂から見る人生というんでしょうか。技術を極め、孤高に描く人しか得られない苦悩です。これを見た後は、きっとこの画家を好きになるはずです。

聞き手・安達麻里子

 

  監督=アレクサンダー・コルダ
  製作=英
  出演=チャールズ・ロートン、ガートルード・ローレンスほか
すぎと・ひろし
 1970年生まれ。東京芸大准教授。2019年2月9日~5月26日に東京・森美術館で開催の「六本木クロッシング2019展」に出展。
(2018年10月5日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)