いま19世紀のパリに一番興味があるんです。特に都市整備される前の世紀半ばのパリが面白い。この映画の舞台はまさにその頃のパリで、当時のことを調べている中で出会ったわけです。
純粋で恋に臆病なパントマイム役者のバチストが女芸人ガランスに恋をする。いろいろあって結ばれないけど、恋をきっかけにバチストは芸の道に目覚めて、自作自演の無言劇が人気になります。
彼らを軸に、混沌(こんとん)としたパリの街で力強く生きる庶民が描かれる。僕は人々の生活に興味があるので、物語よりも映画のセットや小道具に目が行ってしまうんです。例えば、バチストが恋敵と酒場で飲む場面。カウンターにワインの入った甕(かめ)があって、客がお玉のようなものでワインをすくってグラスに入れるんです。現代では見たことないから面白いなと。他にも、酒場兼ダンスホールの壁にやたら落書きがあったり、劇中劇の背景画が僕の好きなルソーの絵に似ていたり。
特に好きなのは猥雑(わいざつ)な通りをカメラが流れていく最初のシーンですね。見せ物小屋や芝居小屋がずらっと並んでいて、人がうじゃうじゃいる。それぞれの小屋の前では客寄せをしていて、僕の子ども時代、昭和20年代から30年代の浅草を思い出します。戦争が終わり、みんなが一生懸命働いて、遊んでいた。いま振り返っても一番いい時代だったと思うんですよね。この映画が作られたのは第2次大戦中。良きフランスを再認識したかったのかなと思いますね。
聞き手・牧野祥
監督=マルセル・カルネ
製作=仏
出演=アルレッティ、ジャン・ルイ・バロー、ピエール・ブラッスールほか はやし・じょうじ
1947年生まれ。明治文化研究家、路上観察学会会員。マンホールのふた観察で知られる。著書「文明開化がやって来た」(柏書房)など。 |