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谷口智則さん(絵本作家)
「ブリキの太鼓」(1979年)

大戦下 成長を拒む3歳児の視点

谷口智則さん(絵本作家)「ブリキの太鼓」(1979年)

 原作は、ドイツの作家ギュンター・グラスの代表作。ダンチヒ(現ポーランド・グダニスク)を舞台に、自ら3歳で成長を止めてしまった主人公オスカルの目線を通し、ナチス台頭から敗戦の混乱期にひずむ社会や人間模様、生と死、愛などが生々しく描かれています。

 オスカルは、母親の胎内に宿る前から知能を授かり、汚れた外界や悲観的な未来に嫌悪を抱いて生まれてきます。母親の「3歳になったらブリキの太鼓をあげるわ」という言葉を一筋の光明に、3歳までは発育することに。太鼓を手に入れると、猥雑な大人への途を断つために階段から身を投げ、成長を止めてしまう。また、奇声を発してガラスを割る特殊な力も備えます。

 主人公にすごく共感を覚えましたね、子どものままがいいって。劇中、オスカルは太鼓を肌身離さず持ち歩き、取り上げられそうになると奇声を上げて抵抗するんです。大人になれば「好き」だけじゃままならなくなるから。僕が映画を見たのは大学生で、夢と現実のはざまで揺れていた頃。社会へ踏み出す不安だとか葛藤なんかもリンクして、とても心に印象づけられた作品です。

 僕ね、絵本作家になるために日本画を専攻したんです。明るすぎない色と余白にひかれて。オスカルが見た世界と同じ、世の中はクリアなことだけじゃないし、影の無い人もいない。だから、僕は黒い紙に光を与えるように描くし、見る人の想像の余地を奪わないように全てを埋め尽くさない。その感性が、オスカルを乗せて汽車が走り去る場面に表された気がする。

(聞き手・井本久美)

  監督=フォルカー・シュレンドルフ
  原作=ギュンター・グラス
  製作=西独・仏
  出演=ダビット・ベネントほか
たにぐち・とものり
 金沢美術工芸大卒。「サルくんとお月さま」でデビュー、仏や伊でも絵本を出版。代表作に「100にんのサンタクロース」(文溪堂)など。
(2019年5月31日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)