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私の描くグッとムービー

嵐山光三郎さん(作家)
「昭和残俠(ざんきょう)伝 死んで貰(もら)います」(1970年)

義理貫く健さんに切ない思い

  • 嵐山光三郎さん(作家) 「昭和残俠(ざんきょう)伝 死んで貰(もら)います」(1970年)

 高倉健演じる渡世人の秀次郎が、実家の料亭を守るため、店を乗っ取ろうとした博徒に殴り込みをかける。そのシーンが絵になるんですよ。この映画では雨だったけど、僕のイメージは雪なんだよね。恋人の芸者役の藤純子も可愛かったな。

 映画公開の1970年、僕は28歳で雑誌「太陽」の編集をしていて、健さんの取材のため、檀一雄さんと京都・太秦(うずまさ)の東映京都撮影所に行った。健さんはものすごく笑顔がきれいな人で、話し好きな快男児だったね。大ベテラン監督のマキノ雅弘もおしゃれで、冒頭の賭場の場面で健さんにハンチングをかぶらせる演出がモダンだった。

 残俠というのは、残っていた俠客(きょうかく)という意味。僕の小学生の頃は、俠客といえば、清水の次郎長で、「義理には強いが人情には弱い」だった。人情が第一。それが高校の頃になると、尾崎士郎の「人生劇場」で「義理と人情のこの世界」と、義理と人情が同格になる。「昭和残俠伝」だと、「義理と人情を秤(はかり)にかけりゃ、義理が重たい男の世界」になった。そして、1973年の「仁義なき戦い」では、義理も人情もいらなくなった。

 殴り込みをかけた健さんの「死んで貰います」というセリフも怖い。この渡世のつきあいで命いただきますってこと。全共闘の学生が、映画館で「やっちゃえ」と大声をかけるんだけど、会社で筋をなかなか通せない状況に置かれている僕としてはつらかったね。日本人って任俠(にんきょう)映画が好きでしょ。決着が見たいんですよ。会社に入ると理不尽な事が多いけど、筋を通していくと辞める以外に決着がつかないから。

(聞き手・清水真穂実)

 

  監督=マキノ雅弘
  脚本=大和久守正
  出演=高倉健、加藤嘉、藤純子(現・富司純子)、長門裕之、荒木道子、池部良ほか
あらしやま・こうざぶろう
 1942年生まれ。「悪党芭蕉」(新潮社)で泉鏡花文学賞・読売文学賞を受賞。近著に「ゆうゆうヨシ子さん」(中央公論新社)。

(2019年9月6日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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