この映画はナチスをテーマにした他の映画とは違う。ナチズムという暴力的な政治理念のもと、ユダヤ人をはじめ多くの人が苦しめられた。それが下敷きにあるんだけど、民衆の苦しみというより、もっとプライベートな事件を描いている。ナチズムの亡霊に翻弄された男女の行く末や、非常時に置かれた人間の異常さが表れている。
ナチス親衛隊員のマックスは、強制収容所で美少女ルチアを見初める。ルチアは自分の肉体を捧げて殺害から逃れた。マックスも戦争で追い込まれ、非道なことをしていて、唯一の慰めを美少女に求めた。戦後、ホテルの夜間フロント係として働いていた。一方、若手指揮者の妻となっていたルチアは、このホテルを夫と訪れ、マックスと再会。2人の関係が戻ってしまう。
絵に描いたのは、戦時中、収容所でルチアがナチス将校たちを前に歌い踊る、映画の象徴的な場面。俳優のシャーロット・ランプリングが上半身裸になり、ナチスの制帽とサスペンダーという装いで登場する。
当時はナチス礼賛との批判もあったけれど、30代半ばだった女性監督リリアーナ・カバーニの映画制作の手腕はすごいと思う。
僕も幼年期に戦争を体験した。新潟へ疎開し、戦後、東京に戻ってきたら焼け野原だった。爆撃で焼けた真っ赤な土と、地平線に広がる真っ青な空。赤と青の景色は、僕の絵の根底にある。僕は戦争のトラウマを絵に向けることができた。でも映画の2人の場合、トラウマがプラスに働くことはなかったんだ。
(聞き手・笹木菜々子)
監督・共同脚本=リリアーナ・カバーニ
製作=伊
出演=ダーク・ボガード、シャーロット・ランプリングほか たなあみ・けいいち
1936年生まれ。グラフィックデザインや絵画、映像など幅広い分野で活動。「サイケデリック・アートの旗手」とも呼ばれる。 |