戦後まもなく医院を再開した町医者の先生と周りの人々を描いた群像劇。たまの休診日なのに急患が続々とやってきたり往診に呼ばれたり。患者やその家族、恋人らが絡み合い、物語のテンポの速さに驚かされる「長屋ものジェットコースター・ムービー」とでも呼びたい映画です。
役者たちの芝居やせりふの言い回しも味わい深い。ぐうたらな炭団(たどん)屋の兄に恨み言をいいながら料亭で働く妹を演じる淡島千景の声がなんとも良い。調子のいい与太者を演じる名脇役の多々良純。三国連太郎は戦争後遺症の発作が起こると家族や隣人を無理やり整列させて訓示を垂れたり、傷ついた雁(がん)を見つけて「航空兵が負傷した」と医院に駆け込んで来たりするという役柄。その奇行に困り果てた母が嘆くと、一人息子をビルマ戦線で亡くした先生は「まだ幸せだよお前さんは。生きて帰ってきた」と返す。誰もが戦争の傷痕を引きずっていることが分かるシーンです。
この作品をきっかけにして戦後の日本映画をたくさん見てきました。1950年代頃の映画は戦争映画そのものより、戦争や敗戦が身近に感じられました。そうやって積み重ねて見てきたことが、焼け跡の街や復員兵を題材にした自分の漫画「あれよ星屑(ほしくず)」の描き方に影響したと思います。
がれきの中での庶民生活の切り取り方も好き。船上生活者の産婦を往診するシーンが印象的で、診察のお礼にもらった玉子を川にぽちゃんと落っことして「やあ、これはもったいないことをした!」って先生がつぶやく。そんなところでなぜか泣けてしまうんです。
(聞き手・井上優子)
監督=渋谷実
脚色=斎藤良輔
原作=井伏鱒二 出演=柳永二郎、佐田啓二、鶴田浩二、淡島千景、三国連太郎、多々良純ほか やまだ・さんすけ
1972年生まれ。「あれよ星屑」で第23回手塚治虫文化賞新生賞。11月に共著「片岡義男COMIC SHOW」が発売予定。 |