田辺聖子さんの短編小説が原作です。平凡な大学生の恒夫と、足が不自由で祖母が押す乳母車に人目を忍ぶように乗る少女ジョゼの恋愛物語。2人の恋の終幕は冒頭、フィルムカメラで撮られたスナップ写真がパシャ、パシャと切り替わり、恒夫が「真冬の旅行だった。すっげぇ寒かったのを覚えている……懐かしいな……これってもう何年前だっけ」と回顧するシーンで語られています。
初めて見たのはテレビの深夜放送。私はまだ20代前半の実家暮らしで、家族は寝静まり、冬なのに暖房も入れずに毛布をかぶりながら号泣したのを覚えています。映画から漂う凜とした冷たい空気感、リアルな人間描写、センチメンタルな恋模様が自身の記憶と重なり、言葉にならない感情が押し寄せました。映画を「見た」というより「体感した」感じです。端役が丁寧に描かれていることも臨場感が増した理由の一つ。私たちが存在する世界は一人ひとりが主役として生きていて、そんな人間が何億といる。だから虚構の世界であっても、そこにちゃんと人物や出来事が存在している、と思える描き方に共感しました。
ジョゼは本の虫。祖母がゴミ置き場から拾ってきたサガンの「一年ののち」が愛読書で、主人公の名を取って自分をジョゼと呼んでいます。外界を知らず、恋愛経験もないけれど、本から得た知識でどこか達観していて恒夫との恋にも終わりがあることを見通している。この絵は、好きなものを集めてずっと自分だけの世界で生きてきた、他の誰も持っていない、ジョゼの唯一無二の存在感を描きました。
(聞き手・井本久美)
監督=犬童一心
原作=田辺聖子
脚本=渡辺あや 出演=妻夫木聡、池脇千鶴、上野樹里ほか ますこえり
埼玉県生まれ。雑誌や書籍、広告などのイラストのほか、グッズのデザインも手がける。東京・千駄木の文房具店GOATとのコラボ商品も販売中。 |