夏の週末、ポーランドの首都ワルシャワからバルト海沿岸の避暑地へ、様々な男と女の人間模様を乗せて向かう夜行列車。若い男との恋の始末に旅へ出た主人公のマルタは、手術中の患者の死にさいなまれ列車に飛び乗った医師のイエジーと、偶然、1等車のコンパートメントに乗り合わせます。鬱屈した思いを抱えた2人、気まずい空気を戯れ事めいた会話が和らげていきます。
列車から逃走する殺人犯を乗客たちが追うサスペンス風の味付けが、全編モノクロームの物憂い映像に融け込んでいる。スキャットの主題歌も、映画にたゆたう倦怠感をより濃く染めあげる。そうした作品の世界をオブジェにしてみました。
古いカトラリーのケースを列車のコンパートメントに見立てたもの。左はローネックの黒いセーターのマルタ。右は白シャツのイエジー。男女の関係をもったという場面はないですが、傷心の2人は深い握手をした、秘めた深意を感じた。男と女の一夜の感情の推移をなめるように追うカメラワークが、見るものを性のふかみへ誘います。
終着駅へ到着した朝方、白波のたつ海岸をのぞむホームから浜辺の道へ人々が散っていく。「あの駅へ、いつか自分も降り立つ」。そんな夢をみた時もありました。デザインにあこがれ、美大のデザイン科に入学したものの、そこは大量消費の時代へ人々をかりたてる広告デザイナーの養成所。いたたまれず退学を考えていた頃、横浜の映画館でこれを見て、デザインへのあこがれととまどいにゆらぐ心に染みいりました。50年以上も前のことです。
(聞き手・清水真穂実)
監督・共同脚本=イエジー・カワレロウィッチ
製作=ポーランド
出演=ルツィナ・ビンニッカ、レオン・ニェムチクほか きくち・のぶよし
1万5千冊以上の本を手掛けた。その仕事を広瀬奈々子監督が3年間かけて追ったドキュメンタリー「つつんで、ひらいて」が公開中。 |