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三遊亭兼好さん(落語家)
「運動靴と赤い金魚」(1997年) 

緩急でワクワク、兄妹愛にホロリ

三遊亭兼好さん(落語家) 「運動靴と赤い金魚」(1997年) 

 根が子どもなのか、派手なアクションやカーチェイスなんかが売りのハリウッド映画を、ゲラゲラと笑って見るのが好きな人間でしてね。でも、この映画は私が28歳で入門して間もない頃かな、妻がDVDで借りてきたのを一緒に見て、幼い兄妹と家族の温かさに胸を打たれた作品です。

 舞台はイラン。兄のアリが、修理してもらった妹ザーラの靴をお使いの途中に紛失してしまいます。家が貧しいため、なくしたことを親には言えず、兄妹はアリの運動靴を交代で履いて学校に通うことに。ある日、アリは学校対抗のマラソン大会で3等の賞品が運動靴だと知り、出場します。妹のためにがむしゃらに走るのですが……。

 この物語は落語と共通点が多いんです。例えば、靴を買ってあげられない親にしろ、遅刻したアリを叱る教師にしろ、登場人物に根っからの悪人がいない。また、歌舞伎のような華やかな見せ場はないけれど、話の緩急で人をワクワクさせている。あと、全く押し付けがましくなくて、見る人によって受け取り方が様々。私は、お父さんの自転車の荷台に積まれた靴を見て、「幸せ」ってその手前にあるのが真の幸せなのかなぁって。

 よく噺家(はなしか)は「間が大事」って言われるもんで、しゃべらない時間をどれだけうまく使って、受け手の想像をかき立てるかが重要。無駄に話しちゃぁダメ。この映画は、走っているか表情だけのシーンが多く、せりふが少ない。でも、言葉以上に伝わるものがある。しゃべらないで楽しませられるって、我々からすれば理想。きっと、この監督は落語がうまいはずですよ。

(聞き手・井本久美)

 

  監督・脚本=マジッド・マジディ
  製作=イラン
  出演=ミル・ファロク・ハシェミアン、バハレ・セッデキ、アミル・ナージほか
さんゆうてい・けんこう
 1970年福島県生まれ。98年、三遊亭好楽に入門。2008年、真打ち昇進。2月25日、東京・国立演芸場で独演会「けんこう一番!」。
(2020年1月24日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)