「卵」は、主人公の詩人の人生を描いた三部作の1作目。牛乳売りの青年が経験する母親離れや、持病による葛藤などをとらえた「ミルク」、養蜂家の父親を亡くす幼少期の喪失感を描いた「蜂蜜」と、年代をさかのぼっていくことで彼の人生が少しずつ見えてきます。
この壮年期の「卵」では、イスタンブールの街で古本業の傍ら詩作を続けているけれど、どうもスランプが続いているみたい。母親の死をきっかけに帰ってきた故郷で、人生を見つめ直します。葬儀後に森へ行き、木の根元で寝ていると、夢の中で手のひらにのせたウズラの卵が落ちて割れてしまう。今回その場面を、僕が「週刊新潮」の表紙絵に登場させているキャラクターを組み合わせて描いてみました。猫はご愛敬。
自然や人物、風景を撮影した1カットごとの画面づくりがすごく美的で、動いている絵画を見ているよう。大部分が固定カメラで撮影されていて、構図がしっかりしています。
最後の食卓の場面で、親戚の女の子が彼の手に卵をのせるんだけど、割れたあの卵がもう一度再生するような、象徴的な形で使われているのかな。音楽もないし映画全体で説明が排除されているから、場面ごとに考えさせられて、繰り返し見ても飽きません。3作とも、もう10回近くは見ていて、僕にとって特別な映画です。絵画もそうですが、優れた映画は作者だけでなく鑑賞者の解釈がともに作品を作り上げていくことがあります。見て考えることで、見た人の物になっていく。この映画もです。
(聞き手・中村さやか)
監督・共同脚本=セミフ・カプランオール
製作=トルコ
出演=ネジャット・イシュレル、サーデット・アクソイほか なるせ・まさひろ
1947年生まれ。97年から「週刊新潮」の表紙絵を担当。新刊に妻が文を担当した画文集「安曇野の空と風 猫のいた時間」(新泉社)。 |