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宮崎吾朗さん(アニメーション監督)
「ブラス!」(1996年)

普通の僕らでも輝ける瞬間はある

宮崎吾朗さん(アニメーション監督) 「ブラス!」(1996年)

 初めて見たのは20代の頃。改めて見て、本当の主人公は一番さえない登場人物フィルだったのかなと思いました。閉山間際の炭鉱のバンドでトロンボーンを演奏する炭鉱夫で、子だくさんの借金苦。長年バンドを引っ張る指揮者の父親からは壊れた楽器を買い替えろと言われる。しょうがないからピエロのアルバイトをしている。借金と音楽の間で引き裂かれるんですよね。結局楽器を買う方を選んでかみさんと子どもは出て行っちゃうんだけど、ラストシーンのバンドが優勝する演奏会に来てくれる。監督の、社会の中でもがいている人への、優しいものの見方にひかれます。

 描いたのはフィルの気持ち。ぽつんと底にいても上を見ていたいだろうし、炭坑の中でかぶるヘルメットの懐中電灯が照らす先には希望を見ていたいだろうし、もしかすると誰かが上から照らしてくれるかもしれない。時代のあおりを受ける時、人を支えるものって何だろう。絵を描きながら、コロナ禍の今、苦しんでいるだろう人を思わずにはいられませんでした。フィルにとって音楽が誇りであり、支えだったように、僕ら一人一人を支えてくれるものは何だろうと。

 これは普通の僕らでも人生で輝ける瞬間の一回や二回はあるだろうっていう物語。さえないけど素晴らしい部分もあるとか、強く見えて弱いところもある人物が、僕は好きです。「空を飛べない」キャラクターに共感します。それと立派なおやじを持つと大変(笑)。背中を見て育った息子は一番の理解者でもあるんだけど。若干フィルに共感するところです。

(聞き手・山田愛)

 

  監督=マーク・ハーマン
  製作=英
  出演=ピート・ポスルスウェイト、ユアン・マクレガー、タラ・フィッツジェラルドほか
みやざき・ごろう
 スタジオジブリ作品「ゲド戦記」、「コクリコ坂から」ほか。最新作「アーヤと魔女」が2020年冬NHKテレビで放送予定。父は宮崎駿監督。
(2020年6月26日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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