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飯田晴子さん(イラストレーター、漫画家)
「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」(2013年)

恐怖という名の怪物

飯田晴子さん(イラストレーター、漫画家)「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」(2013年)

 インド人のパイ・パテルが、少年時代に海で遭難し、トラのリチャード・パーカーと漂流したという過去を回想する物語です。何よりもまず、美しい映像に終始圧倒されました。CG技術を駆使した大自然はじつに芸術的でした。アカデミー賞で視覚効果賞を受賞しているのも納得です。

 加えてこの映画の魅力は、パイが、家族や動物とともに海難事故に遭い、広い海に投げ出されたあと、いかに恐怖という名の怪物に打ち勝ちそれを乗り越えていくのか、その過程にあります。パイは一貫して柔軟な心を持ち合わせた、とても素直な少年です。ヒンドゥー教、キリスト教、イスラム教など多様な宗教を受け入れ、常に神を身近に感じていました。猛獣であるトラも受け入れ、狭いボートの上で共存することを選び、心を通わせていきます。あり得ない環境で恐怖に対面した時、恐怖の克服方法が現代人の予想を裏切ります。同じ行動をとることができる人がどれほどいるだろうか、と考えさせられました。

 彼はどこまでも神との対話を続けます。そして、恐怖を乗り越えた先にパイに与えられた結果は、奇跡的な生還でした。この漂流中のパイの心の動きを、荒れる海やなぎといった自然の変化になぞらえた映像美で表現したアン・リー監督の手法は、とても素晴らしいです。

 映画の最後、生還の物語を取材する作家に、パイは「この話は君のものだ」と語ります。絵も映画も、自由に解釈してよいのだという強いメッセージと受け取りました。今回のイラストも、自由に解釈してください。

(聞き手・高田倫子)

 

  監督=アン・リー
  製作=米
  出演=スラージ・シャルマ、イルファン・カーン、タブーほか
いいだ・はるこ
 イラストレーター・漫画家。福岡県生まれ。代表作に「パナ・インサの冒険」。近著に「精霊島の花嫁」。水彩画講師としても活動中。
(2020年7月3日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)