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工藤ノリコさん(絵本作家)
「心の旅路」(1942年)

王道でも飽きさせない演出

工藤ノリコさん(絵本作家)「心の旅路」(1942年)

 母の影響で古い映画が好き。モノクロの本作は約30年前に銀座の名画座で見て以来、ずっと心に残っています。私の中で永遠のベストワンです。

 物語は王道の記憶喪失もの。第1次大戦で負傷して記憶を失った兵士スミスは、踊り子ポーラと出会って恋に落ちる。結婚して幸せに暮らす中、スミスは事故にあって昔の記憶を取り戻し、代わりにポーラとの3年間の記憶を失ってしまう。幸福な前半から一転、後半はミステリーのように先の読めないハラハラする面白さがあります。

 恋愛ものだけど湿っぽくないところがいい。ポーラが知的で明るく、さっぱりとした性格だからかな。スミスも紳士的で素敵。中盤で恋敵が出てきても変に三角関係にはならず、あくまで主役2人の物語が展開します。すれ違ってもめげずに、自力で道を切り開くポーラの姿が胸を打ちます。

 ストーリーは単純でも、演出が徹底的に計算されていて飽きさせません。たとえばポーラが不意に再登場する場面。モノクロで髪や服の色のヒントがない分、驚きが増します。DVDで初めて一緒に見た夫は隣で息をのんでいました。お話づくりは、単純で面白くて飽きさせない工夫が大事。絵本でも心がけていることです。

 イラストは、スミスの脳内で光る失われた3年間の記憶の断片を表現しました。2人が暮らした一軒家の庭に咲く花に色付けしています。思い出せないけれど何か大切なことがあったような、心から消えない花のイメージ。彼は再びこの花に巡り合えるのか? 最後は圧倒的に心を揺さぶられました。

(聞き手・星亜里紗)

 

  監督=マービン・ルロイ
  原作=ジェームズ・ヒルトン
  製作=米
  出演=ロナルド・コールマン、グリア・ガースンほか
くどう・のりこ
 発売中の隔月誌「kodomoe(コドモエ)」8月号(白泉社)に、「ノラネコぐんだん」シリーズの新作絵本が付録で付いている。
(2020年7月31日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)

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