ブレジネフ政権下で反ユダヤ主義が勢いづいていた1980年代のロシア。当時、仕事で国内外を飛び回っていた僕はロシアの空港に降り立ったことがあってね、どんよりと暗くて殺風景な様に驚きましたよ。これは、その現実をもとに、かつて天才指揮者といわれた男が過去の清算と再起をかけて奮闘する物語。ヨーロッパの映画ではよくある題材ですが、当時の光景を重ねると、物語と音楽の構成がユニークで印象深い作品なんです。
この映画は重苦しい時代背景ながらも中盤までコミカルに描いているんですよね。経済的に苦しい楽団員のために、楽団員の1人がパリ行きのパスポートの偽造を平然とやってのけたり、パリ到着後すぐに報酬を手にした楽団員たちがリハーサルそっちのけで好き勝手な行動を起こしたり。さらには、マネジャーとして同伴した共産党員の男は時代錯誤に陥っていることに気づかず、思い出の場所で肩透かしを食らうんです。もう自然と笑いがこみ上げてきてね。ところが、終盤は国家の罪を振り返るなど一変してシリアスな流れに。物語の真意はここかとハッと気づかされます。圧巻は十数分流れるチャイコフスキーの「バイオリン協奏曲」。ソリストに指名されたバイオリニストの知られざる過去、これまでの謎が演奏と共に明かされる演出はすばらしい。イラストは迷わずこのシーンを描きました。満員の観客を背に万感の思いで立つ天才指揮者と、輝きを放つバイオリニスト。全ての楽団員が長年思い描いてきた夢が現実になった喜びは実話のごとく感じられ、深い感動に包まれます。
(聞き手・陣代雅子)
監督=ラデュ・ミヘイレアニュ
制作=仏
出演=アレクセイ・グシュコフ、メラニー・ロラン、バレリー・バリノフほか ながさわ・よういち
1996年から約10年にわたり、パリコレに参加。「無印良品」「イオン」などの衣料品ディレクターも務める。 |