市川雷蔵演じる遠州佐伯藩松平家の若殿が、自身の実力のなさを痛感し、城を飛び出して庶民からやり直す物語です。江戸家老の悪巧みを暴き、大ハッピーエンドを迎える痛快時代劇なので、くたびれているときに見ると良いんです。
初めて見たのは約15年前、時代物の挿絵の勉強のためでした。新作の時代劇だと、衣装やまげが役者さんの「身に着いていない」感じが気になって、黄金期のものにたどり着いたんです。この時代はまだ着物文化が根付いていたのか、主役も脇役も衣装を着こなしています。崩れ方も自然で、とても参考になりました。
中でも、今こんな所作ができる人は居ないんじゃ……と思うくらいさまになっているのが、ラストのチャンバラの前、雷蔵がひもの片側を口にくわえてたすきをかけるシーン。歌舞伎の型のようで、何度見てもかっこいいんです。
作品が撮られた当時は、映画が娯楽の中心で、大衆向けに、明日からがんばろう!と思えるような映画がとにかくたくさん制作されていました。この作品も、言ってしまうと大した話ではないんです。しかし、芸術を作ろうとしていないからこそ、作り手の意思を超えた美しさを感じます。仏教で学ぶ、悟りを求めているうちは悟りは手に入らないという捉え方に近いものがあります。
僕のイラストの仕事も、アートではなくて、テーマがお客さんにある、消費される仕事。自分を表現する暇がないんです。でも、そういう中だからこそ、自分を超えたきれいなものを生み出せているような気がするんです。
(聞き手・高木彩情)
監督=加戸敏
脚本=松村正温
出演=市川雷蔵、八千草薫、中村玉緒、大和七海路、阿井美千子、島田竜三ほか 中川学(なかがわ・がく)
イラストレーター、慈舟山瑞泉寺(京都市)住職。書籍の挿絵や装画を手がける。泉鏡花作品の絵本2冊がアジアデザイン賞受賞。 |