30年ほど前に、バルカン半島にユーゴスラビアという国があった。それが2000年代までに七つの国に分裂した背景をわかった上で、世界情勢が緊迫する今だからこそ見てほしい映画です。
セルビア人鉄道技師が主人公。仕事の都合で妻と息子とボスニアで暮らしているが、内戦に巻き込まれていく話です。舞台の旧ユーゴスラビアは多民族、多宗教が共存していた国。映画でも描かれているように、正教徒のセルビア人がイスラム教徒のボシュニャク人から断食月明けを祝う菓子をもらうみたいなことが日常だったそうです。民族も宗教も違うけど同じ大地で関わり合いながら生きている、そんなごちゃごちゃな感じをイラストにしたらにぎやかになりました。
私がユーゴスラビアに興味を持ったのはセルビア人女性歌手がきっかけ。彼女のCDを買うためだけに、初めてセルビアに行ったんです。街には空爆の痕跡があって、会話にも普通に紛争の話が出てくるから、ここで起きたことが知りたくなって、この映画にたどり着きました。
セルビアでは、憧れの女性歌手に会えたんです。私にとってはまるで奇跡でしたが、宿の主人に「君が自分の足でここまで来たからそうなっただけ」と言われて、奇跡って実は自分の手中にあると感じてハッとしました。ちょうど自分の中に迷いがあった時期でその体験と映画のタイトルが重なり、「生きてさえいれば人生は悪くない」と思えたんです。この映画には、戦争のむなしさと、クストリッツァ監督なりの命への賛歌が込められている気がします。
(聞き手・吉﨑未希)
監督・共同脚本=エミール・クストリッツァ
製作=仏、セルビア・モンテネグロ
出演=スラブコ・スティマチほか もり・ゆうこ
大阪府生まれ。「地球の歩き方」などの編集ライターを経て独立。現地での体感を伝える講演会や、著書に「旅ぢから」(幻冬舎)ほか。 |