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鏡征爾さん(作家・東京大学大学院研究員)
「トゥモロー・ワールド」(2006年)

むき出しの生と死 創り手の挑戦

鏡征爾さん(作家・東京大学大学院研究員)<br>「トゥモロー・ワールド」(2006年)

 人類が繁殖力を失った近未来。奇跡的に妊娠した女性のために主人公が戦う姿が描かれます。

 ハリウッドの王道的な物語から始まって、むき出しの世界を現前させる。ルベツキは世界最高の撮影監督の一人ですが、それを可能にするんです。私たちは普段言葉で世界を切り分けて理解しています。しかし言葉で記述できるものは僅(わず)かで、世界を矮小(わいしょう)化させるものでもあるんですね。圧巻は軍隊との激しい銃撃戦に突入していくシーン。トゥモロー・ワールドは言葉を超えた無意識レベルの世界を見事に表現しています。

 これはハリウッドの脚本に対する挑戦であり、芸術への跳躍であると受け止めました。作品のテーマは生命の尊さですが、そこに至るまでに、きちんと娯楽作品として成立するようにしているんですね。追う側から追われる側へと転換が起こる第1幕。アクションからヒューマニズムへ移行する第2幕。そして世界へ至る第3幕。同じ物語の創り手として、非常に見応えがありました。

 「現実世界の色が本物らしいのはスクリーンの上でだけ」。現実よりフィクションの方がリアルに感じられる現代的状況を鋭く衝(つ)いたキューブリック映画の言葉ですが、キュアロンとルベツキのタッグはそうした生々しさを感じさせてくれます。

 この映画は死と表裏一体の生の実感を、王道的な物語と芸術的な挑戦をシームレスにつなげることによって奇跡的に切り取ったフィルムに仕上がっていると思います。イラストは、そんな生と死が立ち現れる際の静謐(せいひつ)をイメージして描きました。

(聞き手・宮嶋麻里子)

 

 監督=アルフォンソ・キュアロン
   撮影=エマニュエル・ルベツキ
   出演=クライブ・オーウェン、ジュリアン・ムーアほか
かがみ・せいじ
 デビュー作「白の断章」が講談社BOX新人賞で初の大賞を受賞。近著に「雪の名前はカレンシリーズ」(講談社)。
(2022年9月16日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)