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【SPECIAL】古屋兎丸さんロングインタビュ-
「ベニスに死す」「世界で一番美しい少年」

 

 「ライチ☆光クラブ」「帝一の國」などで知られる漫画家・古屋兎丸さん。長年崇拝した映画「ベニスに死す」公開から半世紀、主演した少年のその後を捉えた一本のドキュメンタリー映画に心を揺さぶられたそうです。1月6日付け朝日新聞紙面「私の描くグッとムービー」欄に収めきれなかったお話しをお届けします。

(聞き手・宮嶋麻里子)

 

 ――「私の描くグッとムービー」欄で、「世界で一番美しい少年」(2021年)という映画をご紹介いただいております。まずはどんな映画かご説明いただけますか。

 古屋 自分が年齢を重ねていくと、映画を通して答え合わせというか、大きな物語の帰結というか、着地点をみることができるようになるなと思っています。例えば、1990年代のテレビシリーズからみていた「エヴァンゲリオン」が、二十数年の時を超えて、最近ようやく最後まで見届けることができました。今回お話ししたい「世界で一番美しい少年」というドキュメンタリー映画も、自分にとって無邪気に崇拝していた映画「ベニスに死す」(1971年)に対するある意味での終止符、帰結を迎えたというか、そういう作品でもあったと思うんです。「ベニスに死す」はもう50年以上も前の映画ですが、ルキノ・ビスコンティ監督が記者会見で、「世界で一番美しい少年です」と紹介していたビョルン・アンドレセンという少年が、今は60代後半の白髪のおじいさんになっていて、「ベニスに死す」の頃を振り返り辛い記憶として語る、という内容です。

■永遠でいてほしい…綺麗な少年への憧れ
 ――古屋さんは映画のお話をするときに、必ずといっていいほど「ベニスに死す」を挙げられていますよね。高校生のときに、三鷹のオスカーで初めて見て、いたく感動したそうですね。

 古屋 そうです。三鷹のオスカーだったか、吉祥寺のバウスシアターだったか、どっちかなんですけど。まずはビスコンティ監督のつくる映像美とマーラーの音楽、生と死のテーマであるとか。ビスコンティ監督は貴族の出身なので、その高貴な雰囲気の物語作りに、ものすごく心を揺さぶられました。なおかつ、やっぱり一番大きかったのはビョルン・アンドレセンの美しさが、映画にハマっていて心が震えました。この歳になるまで、ことあるごとに何回も見返す作品になりました。映画館で、たまにリバイバル上映されると見に行ったりする映画でしたね。

 ――古屋さんは以前、「ベニスに死す」にオマージュを捧げた同人誌を発行されていますよね。それくらい、「ベニスに死す」は古屋さんにとって重要な作品なんだと感じます。ビョルン出演の映画では「世界で一番美しい少年」の前に、「ミッドサマー」(2019年)がありましたね。

 古屋 そう。「ミッドサマー」を見て、すごい衝撃を受けて。その前に50歳くらいの彼のミュージシャンとしての写真は見たことがあって、すごいイケてるおじさんになったなという感じでしたが、「ミッドサマー」では、いきなり長髪の白髪のおじいさんになっていて、びっくりしました。しかも役柄もショッキングだったので、彼に何があったんだろうなと思いました。その1年後くらいに「世界で一番美しい少年」を見たので、「ミッドサマー」とセットで心に来ましたね。思い入れがある映画に対して、「ミッドサマー」でギョッとさせられて、最後に答え合わせで、すべてが転覆したというか、オセロが真っ白から真っ黒になったみたいな、そういう印象でした。

 ――古屋さんの作品では、美しい登場人物が若くして死ぬ、という展開を度々みかけます。美しいものが老いることについて、どのようなお考えをお持ちですか。

 古屋 高校生のときに「ベニスに死す」を見て、ビョルン・アンドレセンに惹かれたというのは、やっぱり綺麗な少年というものに対する憧れだったり、永遠にこうであってほしいという思いだったりしましたね。十代の頃は美醜みたいなものに敏感で、例えば「東京グランギニョル」という劇団の主催者・飴屋法水さんがすごい綺麗だったことをきっかけに、見に行きたいと思ったり、英国ロックバンド・ジャパンのメンバー、デビッド・シルビアンという人が大好きだったり。美青年の美しさに惹かれていたことが多かったですね。当時は、若くて綺麗なひとが老いていくってことに対して、そこまで考えが及んでいなかったし、自分も年を取るっていう当たり前の事実にあんまり気がついていませんでしたね。

■無邪気に崇拝していた自分に罪悪感も
 ――現在のビョルン・アンドレセンを映画で見たときに、どのように思いましたか。
 古屋 まずですね、高校生のときにビョルン・アンドレセンを映画で見たときは、寂しげで美しい表情の裏にある「何か」までは想像が及ばなかったんです。知るすべがなかった。でも「世界で一番美しい少年」を見て、自分が知らず知らずのうちに「共犯者」になっていたんだなっていうのを強く感じたんですね。

 彼は「ベニスに死す」の撮影やオーディションの様子などをすごく生々しく痛々しく回想していて、それは見ていて辛い内容でした。ビスコンティ監督が結果的に、彼を「動くオブジェ」としてしまいすごく大きな烙印みたいなものを押されてしまった。世界中の人はみんな、彼の美しさを賞賛した。特にその熱狂が強かったのが日本だと、映画の中で紹介されていましたね。ジャパンも本国ではあまり人気が無かったけれど、日本で人気が出た。クイーンも日本でまず火がついて、逆輸入のように世界的スターになった。日本は昔から美醜みたいなものに敏感ですよね。ビョルンは当時来日して、アイドルみたいな歌謡曲を日本語で歌った。当時の音楽プロデューサーや漫画家の池田理代子さんも「世界で一番美しい少年」に登場します。

 映画全体を通して見ると、まるで反捕鯨映画のように、「日本とビスコンティ監督に彼は壊された」みたいな印象を受けたし、実際そうかもしれない。今まで無邪気に「ベニスに死す」を崇拝していた自分に対しても、罪悪感を持ちましたね。映画のキャラクターと役者本人は別物だという考え方もありますし、ちょっと複雑ではありますが、いまだに「ベニスに死す」は大好きです。ただ、「ああ、そうだったんだ」という答え合わせができたとは思いますね。寂しげな表情の裏には、幼いころに母親が自殺していたとか、まだその傷が癒えないくらいの青年と少年の中間の15歳というときに、世界的な熱狂の渦に巻き込まれてしまって、心が壊れてしまった。「ベニスに死す」の公開は1970年代で、僕自身は当時幼かったので、熱狂の中にはいなかった。映画を見たのは80年代なので、熱狂は冷めていた頃なんですが、やっぱりその影響下にいて、無邪気に彼と映画を崇拝していたところがあります。

 ――あのドキュメンタリー映画を見て、複雑な気持ちとか、罪悪感を感じるものの、「ベニスに死す」の美しさに対しては変わらないお気持ちを抱いているということでしょうか。

 古屋 そうですね。美しさは揺るがないのですが、彼を取り巻く環境がそんなことになっていたのかとは考えますね。SNSの時代になって、人の「外側」の美しさのようなものが昔よりもっと消費されているのをみると、例えば今から50年後、何千人のビョルンが生まれるんだろうって思います。本人たちも必死にそれを追い求める時代でもありますよね。

 ビョルンは小さいときに母親を失い、少年時代に激しすぎる熱狂や性的搾取の中で自分が壊れてしまい、その後は結婚したけれど、子供も幼いときに亡くなってしまって。ドキュメンタリーでの彼の印象的な言葉で、「多くを失いすぎると不思議なことに……むしろ生きるのが楽になることがある。『あれもこれも失ったが別にいいさ』『他にも失ってる』」って語ってて。悲しくも、深い良い言葉だなと思いましたね。

■映画の裏の残酷な真実、美しさと表裏一体
 ――中には、「世界で一番美しい少年」で描かれたことを知った後では、「ベニスに死す」をこれまでのように見られなくなった、という意見もあるようです。先生はそうではなかった。

 古屋 見てよかったです。あのドキュメンタリー映画を見ることで、「ベニスに死す」というたぐいまれな美しい映画の裏の残酷な真実っていうものを知れた。それは自分にとってすごい大きなことでした。美しさと残酷さみたいなものが表裏一体であるというような、自分の中に元々持っているような感覚に合致したというか、そんな感じがしました。

 あのドキュメンタリーの内容をすごく繊細に捉えちゃうと、もう「ベニスに死す」が見られないとなるのもよく分かります。昨今、監督が問題を起こしたら、その作品までもが叩かれるような風潮があります。確かにあのときのビスコンティ監督は、「彼はもう16歳。老いすぎている」みたいな残酷なことを言う。当時の価値観と今の価値観は違うので、ビスコンティのしたことが完全に性的搾取かっていったら、それもよく分からないけど、「世界で一番美しい少年」は今流行りの告発映画でもありますよね。無邪気に応援していた日本人も告発の対象だという。

 「ベニスに死す」を見直すと、色んな見方ができるようになりましたね。ビョルンが「これはやらされているんだな」って思いつつも、物語に入っているっていう不思議な感覚っていうか。変な言い方ですけれど、より深く楽しめるようになった感じがします。

■「ベニスに死す好きだった歴」に答え合わせできた
 ――想像するしかなかったビョルン・アンドレセンの人物像が明らかになった、ということでしょうか。
 古屋 そうですね。長い時を経て、ようやく答え合わせができたっていうか。こっちは「ベニスに死す好きだった歴」が長いので、やっぱりここまで生きててよかったなっていうような。これを知らないで死んじゃうのと、知って死ぬのは違うなって気がしましたね。

――「ベニスに死す」で古屋さんの心を捉えていたのは、ビョルン自身だったのか、それとも彼が演じた役柄のタッジオだったのか。

 古屋 タッジオでした。あの物語の世界の中で、ダーク・ボガード演じる作曲家とタッジオの2人の関係性みたいなもの。若さを追い求めるおじさん、純粋無垢で何も知らないようなタッジオとの関係性、あの世界観と最後まで作り込まれた雰囲気であるとか、張り詰めた感じがすごく好きです。

 でも、むしろどちらかというとビョルン・アンドレセンが好きになりました。若い頃のビョルンを見て、年を取ったビョルンが頭をよぎると、なんかこの人のこの若い頃を見てよかったという気持ちにもなりますね。今のビョルンの人間的な魅力がすごいなって思って好きだし、新しい映像作品に出演するようだったら見たいですね。不可抗力によって時代に巻き込まれてしまうような数奇な運命って、すごく心を揺さぶられてしまう。ビョルンの人生にも同じようなものを感じたし、やっぱりこの「世界で一番美しい少年」は頭を離れない映画の1本ですね。

 

取材後記

■平成生まれのオタク記者が見た「ベニスに死す」

 

 古屋兎丸作品との出会いは今から10年以上前にさかのぼります。当時、私は中学生でした。行きつけの書店の一角に平積みにされていた漫画のタイトルは『ハピネス』。両目を伏せた少女が青い涙を流している装丁で、感傷的な物思いに耽ってばかりの自分に、なにか訴えかけてくるものがありました。強力な引力を感じるかのように迷わずこの漫画を購入した私は、まんまと古屋作品にどハマりすることになります。そして当時古屋さんが『インノサン少年十字軍』を連載していた漫画誌『マンガ・エロティクス・エフ』を愛読するようになりました。2014年に休刊したこの雑誌で、私は山本直樹さんや中村明日美子さん、松本次郎さんなどが描いた多くの漫画作品と出会うことができました。今回の取材で初めてお会いした憧れの古屋さんは、大変物腰柔らかな方で、穏やかな口調からはまるでマイナスイオンが発生しているかのような、独特のオーラがありました。

 さて。古屋さんの取材のために、私は生まれて初めて「ベニスに死す」という映画を見ました。幾度となく耳にすることはあれど、その度に「どうせ古典作品だ。退屈にちがいない」という心の声がして、なんとなく避けてきました。そんな私は大馬鹿野郎でした。古屋さんのように、長年心をとらわれ続ける人がいるのも納得の映画。ビョルン・アンドレセン演じるタッジオは途方もなく美しい。数世紀先の世界でも、きっと美しいと言われているだろうという確信を持てるほどでした。

 ただ、私がこの映画で最も印象に残ったのは、実はタッジオではなく、ダーク・ボガード演じる作曲家、グスタフ・フォン・アッシェンバッハでした。「こいつは私だ!!!」と思わず自己投影してしまう不思議な魅力があるのです。アッシェンバッハの心の中では、タッジオに対して、美しいものをただ眺めていたいというような、けれども何かしてやりたいような、やるせない感情がぐるぐると渦を巻きます。終盤の化粧がダラダラ落ちていく姿なんて、本当に汚らしくて惨めです。汚らしければ汚らしいほど、一層、タッジオの美しさが際立つようにも感じるのです。美しいものにとらわれ続けながら、けれども見ていることしか出来なかった人なら、きっと共感し、感情移入することができるキャラクターだと感じます。

 そして、「ベニスに死す」の世界にひたったその後、「世界で一番美しい少年」を見ると、私もまた、古屋さんと同様に自分が「共犯者」になったような気分になりました。もし自分が、当時の日本の熱狂の渦中にいたのなら、ビョルンの美しさに心酔し、彼を追い詰めたものの一部になっていたと思うからです。

 今の時代を生きる若者たちは、「美」に対して非常に微妙な立ち位置にいるなあと常々思っています。私自身、平成生まれですが、若者たちが当たり前に利用しているSNSは、外見が最大の強みになることが多い。一方で、「ルッキズムをやめるべきだ」という意見もある。人は美しいものを見たときに、美しいと感じることを止めることは出来ません。でも、それによって傷つく人がいたり、ビョルンのような人が辛い経験をするきっかけをつくってしまったりすることもある。堂々巡りのまま、私はまだ答えを出せていません。

 まだ「ベニスに死す」を見ていない人は是非ご覧になって下さい。そして「世界で一番美しい少年」も見て、それぞれの感じ方を深めていただければと思います。

(宮嶋麻里子)

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