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堤岳彦さん(画家、グラフィックデザイナー)
「南極物語」(1983年)

 大人になって見返すまでかなり長いあいだ、悲しい物語だとばかり思っていました。でもそうじゃなかった。懸命に生きる犬たちの姿からは、絵画の世界にも通じる学びがありました。

 待てど暮らせど、昭和基地を包むブリザードはやむ気配がありません。越冬隊は泣く泣く活動を諦めて帰り支度を急ぎますが、悲しくも15匹のカラフト犬は置き去りにされてしまいます。

 帰国した越冬隊が、遠く離れた犬たちの生存を絶望視しているように、美しくも過酷な南極では生死が紙一重です。群れからはぐれて流氷に流されてしまうこともあるし、エサにありついた矢先、海におぼれてしまうことだってある。だけど犬たちはリーダーのリキを中心に今を生きてゆく。厳しい季節を抜けると、やがて南極にも雪解けが訪れます。どんな状況でも努力し続けることを諦めなければ、生きるすべは見つかる。そう彼らが教えてくれました。

 続けること、工夫すること、変化することの大切さは僕の実体験とも重なりました。うまく描ける、デッサン力のある作家は山ほどいます。自分の画風って何だろうと探すうちに、ブラシで絵の具をはじいて、ふんわりと粒状に濃淡を表現できるスパッタリングという技法と出会って、次第に説明的な要素を省いて描くようになりました。

 イラストは、犬が基地に帰るようでもあり、離れるようでもあり、もしかしたら首輪が抜けた瞬間かもしれません。見る人の数だけ答えがあるようなあいまいさ。振り幅を意識しながら人生で初めて見た映画を描きました。

(聞き手・島貫柚子)

 

 監督=蔵原惟繕
   音楽=ヴァンゲリス
   出演=エスキモー犬(タロやジロ役)、高倉健、渡瀬恒彦、岡田英次、夏目雅子ほか
つつみ・たけひこ 
  1975年生まれ。東京芸大卒。3人展「いつも月夜に空の歌」を高島屋大阪店(~2月13日)、京都店(2月22~27日)、横浜店(3月15~20日)で順次開催。
(2023年2月10日、朝日新聞マリオン欄掲載記事から。記事・画像の無断転載・複製を禁じます。商品価格、営業時間など、すべての情報は掲載時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)