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【SPECIAL】惚れちゃったら、もうどうしようもない
井上三太「東京マリーゴールド」を語る

 映画「東京マリーゴールド」

 画家・井上公三さんの長男として生まれ、9歳までパリで育ち、1989年に漫画家としてデビューした井上三太さん。代表作である「TOKYO TRIBE」や「隣人13号」はいずれも実写映画化され話題を呼びました。また、ご自身も大の映画好きとして知られています。そんな井上さんが20年以上大事に思い続けているという市川準監督の映画「東京マリーゴールド」や映画作品そのものに対する考えを漫画家ならではの視点から語ってもらいました。5月12日付け朝日新聞紙面「私の描くグッとムービー」欄に収めきれなかったお話をお届けします。

(聞き手・宮嶋麻里子)

 

 

 ――今回ご紹介いただく映画として「東京マリーゴールド」を選ばれた理由をお教えいただけますか?

 

 井上 僕、市川準監督の映画作品がすごく好きで。市川監督は主にコマーシャルの監督さんだったんですけれども、映画もたくさん撮られていて。この作品を公開当時に見てから、もう20年以上経ってるんですけど、自分のなかでちょっと大事な作品というか、愛らしい作品というか、好きな映画です。

 

 ――「ほんだし」発売30周年記念映画なんですよね。

 

 井上 はい。ほんだしのCMを樹木希林さんと田中麗奈さんが親子っていう設定で何本もテレビでやっていたんですよね。で、そのテレビCMの企画が発展したのがこの映画。

 田中麗奈さん演じる主人公の酒井エリコさんという方が彼氏と別れて参加した合コンでタムラっていう男性と出会って心引かれていくけど、デートをしてるうちに「彼女がいるのか」とタムラに聞いてみたら「海外に留学中の彼女がいる」って言う。それでエリコが「1年でいいから付き合って」ってお願いして期間限定の恋愛になっていくんですが、だんだん辛い気持ちになっていっちゃうっていうお話です。林真理子さんの短編小説をもとにしています。

 

ぽんぽんぽんと人々点描、その優しさ

 

 ――この作品のどんなところに引かれたんでしょうか?

 

 井上 市川準さんはCM畑にいたんで、スタッフも、照明、小道具、衣装の方だとかが、CM畑のおしゃれさっていうか、映画界とはまたちょっと雰囲気の違う方も呼んでいて、なんていうかな、美しいっていうか。

 僕が好きなのはちょっとした街の風景とか、市井の人々を点描のようにぽんぽんぽんと積み重ねていくことによって、みんな生きてるんだって感じられるところです。スーパースターでも無い人たち、新聞配達員がいたりお豆腐屋さんがいたりして、市井の人々を優しい視座で切り取っている。

 いろんな本に書いてあるんですけど、生きていて幸せを感じるのって、例えば自分の体が健康であるとか、友達がいるとか、仕事を持っているとかっていうことで、それでもう日常が幸せなんだって。ああ今幸せなんだって自分が気づくことができる人が結構ハッピーなんだっていう話がある。

 市川監督の作品は、家から駅までのなんてことない道だとか、職場だとかが、きれいに切り取られていて、特段きれいなロケーションじゃなくても、東京の下町とか、そういうところがきれいなんだって思えるんですよね。

  田中麗奈さんて、この映画が公開された当時ってすごくアイドルだったんです。グラビアも飾っていたし。もちろん美しい方ってことには変わりないんだけれども、作中の描き方としては普通のOLさんっていうか。ちょっと街中で「JUNON」に声かけられるぐらいの子。普通よりは可愛いんだろうけれども、めちゃめちゃ光ってる子ではない。自分に自信のない部分もあるでしょうし、そんな普通の女性が体験したお話……。

 この映画ってちょっと不倫の匂いもするんですよ。彼女いるよって最初に言っておいて、なんなら君が持ちかけた話だしっていうような、都合の良い女を利用する男のずるさっていうか。

 市川監督の作品って、「東京兄妹」という別の作品にしても、登場人物が嗚咽したり大声で叫んだりとかして、エンディングの方がかなりエモーショナルになる。登場人物みんながエモーショナルなものを内在してるんですけど、それを表に出さずに通勤電車とかに乗っていて、そういう日常を丁寧に描くことによって最後に爆発するキャラになっていくっていう。

 

男も女も身勝手。ずるいよね

 

 ――この映画のなかで描かれる、エリコとタムラの恋愛模様についてはどのような感想を抱きましたか?

 

 井上 人が人のこと惚れちゃったら、もうどうしようもないと思うんです。仕事も手につかないし、優先順位の1位が彼に会いたいってことになっちゃうし、エリコみたいに横浜に来いって言われれば行くし、何時間でも待ってるし、馬鹿みたいだと思うけど、惚れた方が負けっていう。でも惚れた方が実は勝ちって思ってます。その人が一番楽しんでる、恋愛を。

 恋愛って自分の恥ずかしい部分も含めて、生まれたままの姿を見せていくってことだと思うんで、下手したら自分のだめな部分まで攻撃されたり、批判されたりすることもある。例えば「あなたの体の一部分って恥ずかしいですね」みたいなことを好きな人に言われたら、一生傷になるかもしれないのに、裸を全部見せて向き合うことというか。

 後半にいくにつれて、エリコのすごく良い表情が何個もあるじゃないですか。彼女はこれまで男性と付き合った経験が最長半年の恋愛新入生っていうか、イレギュラーな形として一年間タムラと対峙して、向き合ってみたら非常にウマが合った。なのに、悲しいわっていう。だからやっぱり、ある種恋愛って残酷なことというか、自分の裸を見せるってことは、見せた相手がものすごい味方になるかもしれない反面、もしこじれたらかわいさ余って憎さ100倍じゃないけども。

 この映画の話をすると、どうしても男の身勝手さ、女の身勝手さの話になっちゃう。映画は市川監督の品で描いてるけど、結構えぐみがあるんだよね。タムラもエリコもすてきな人たち同士だから、またすぐに違うお相手も出来るでしょうけど、一歩間違ったら、殺人事件になってると思う。

 だってすごくタムラは身勝手。でも、タムラもずるいけど、エリコもずるいんだよね。なんか人ってみんなずるいし、ルール違反もいっぱいしているし、そういうことにどこかで目をつぶりながら生きてるけど、つぶれなくなった人が、時には事件を起こして犯罪者になっちゃう。だけど、そこの一線を踏み越える人ってあんまりいないわけで、どういうメカニズムなのかなって思う。

 

 ――先ほど作品名を挙げられていた「東京兄妹」も、「東京マリーゴールド」と同様に井上さんにとって印象深い作品なんでしょうか?

 

 井上 ぴあフィルムフェスティバルを主催されている方に良くしてもらっていた時期があって、市川監督や主演の粟田麗さんも登壇される「東京兄妹」の試写会プラストークショーみたいなものに、従兄弟の松本大洋くん(※漫画家、代表作は「ピンポン」「鉄コン筋クリート」など)と行ったんです。それで、初めて市川監督にご紹介いただいて会話する機会を得たんですけれども、当時は僕、そんなに漫画家として活躍していないときで。一方大洋くんは世の中にバーっと出ていって先に活躍した人だったから、市川監督は多分僕のことは認識しないで、大洋に「僕の息子が君の大ファンなんだよ」って話していて。その時に、ジェラシーっていうかね。僕、市川監督すごい憧れの人で、あなたの作品大好きなのにって。だけど、こういうこともあるよなぁっていう……。20年経つともうそれも笑い話なんですけどね。

 

変わった東京の風景。タイムカプセルのよう

 

 ――市川監督の作品では「東京マリーゴールド」や「東京兄妹」をはじめ、東京を舞台にした作品が複数ありますよね。一方、井上さんの代表作のひとつである「TOKYO TRIBE」でも、渋谷や新宿、池袋など実在する場所が描かれています。市川監督の作品と同じく、実在する場所、そして東京を描いているという共通点について、どのように思われますか?

 

 井上 映画ってやっぱり東京を映して欲しいという僕の希望があって。例えば渋谷っていう街は、スクランブル交差点を歩いてみたいと世界中の人が思ってるのに、じゃあなんで渋谷を代表する映画が無いのかっていったら、撮影許可のハードルが高いからなんですよ。ただ何本かの映画が、非常に果敢に渋谷だとかを映していますけれどもね。

 この映画はまるで東京のタイムカプセルになっているんですよね。渋谷の「Egg-man」というライブハウスが映って、携帯電話が出始めの頃なので、若い人でも携帯を持っている人と持っていない人がいる。エリコは携帯を持っていないんで友達に借りるんですよね。ライブかなんか待っている階段で、電波も悪いから地上に上がっていってタムラに電話するシーンとかね。

 道を渡った反対側に映るマンションが、僕がずっと事務所にしてたマンションなんですよ。

 

 ――自分の知っている場所が作品にでてくるのって、なんだかうれしいですよね。

 

 井上 だから見ていて非常にエモーショナルな気持ちになるんですよね。この映画の後半の別れのシーンでね、渋谷の雑踏の中でエリコとタムラが揉めるんですけれども、あれ隠し撮りらしいんですよ。DVDの特典映像で市川監督が解説していました。

 渋谷も今どんどんビルが建っていて、駅自体もホームも移動した。街の風景って食べ物屋さんもどんどん変わっていくし、商業施設も変わっていくんで、例えば15年前に撮った写真って、今見ると風景が全然変わってるんですよね。映画にタイムカプセルとしての機能があるっていうか。

 映画でエリコが就職するミニクーパーとかを扱うお店も、ググって(※「google」で検索すること)みたんですよ。そうしたらまだ健在でした。ミニクーパーを好きな人の聖地みたいなお店らしくて。あ、このお店はずっと目黒区八雲にあるんだ、とかね。跡形もないお店もあるし、健在しているお店もあるんで。

 

 ――ちなみに井上さんにとって映画ってどんなものですか? 井上さんは漫画家さんのなかでも相当な数の映画を観られているわけですが。

 

 井上 そう、好きなんですよねぇ。ほんとは映画も撮りたいんです。だけど好きだからと言って撮れるとは限らないんで。すごい映画好きだけど撮ってみたら思い通りの映画じゃ無い人も多いと思うんですよ。

 僕にとって映画って言うのは、一日一本見れたら、その日が他になんにも面白いことなくても、なんか幸せになれるもの、どっかに連れてってくれるものっていうか。殺人者の気持ちを追体験したりとか、ローマで口づけしたりだとか出来る・・・・・・なんかこう夢遊病っていうのかな。夢の箱に入って色んな人生を体験できるし、何回か人生のなかで雷に打たれたような体験をしたことがあるわけなんですよ。

 

 ――映画を見てですか?

 

 井上 はい。映画を見て。パクればいいじゃないけど、例えば藤沢の映画館で「羊たちの沈黙」をみたときに、「これじゃーん!」って思ったのをよく憶えてる。俺のつくってる「隣人13号」(※井上三太さんの代表作のひとつ)、いける!って思って。ビビビビってくるものがあったわけなんですよ。それを暗闇のなかで何回か体験したんで、実はその感覚をずっと求めてるんすよね。

 ヒップホップの映画で好きな映画もあるんだけど、それをみたときにも「これじゃーーーん!!!」って、こういうのを俺なりのやり方で描けば面白くなるって思って。それに気付いちゃったら誰かに先超されたくないし、俺がそれの一番手になってやるって思う。

 

 ――「TOKYO TRIBE」はヒップホップ漫画の金字塔です。

 

 井上 本当のことを言うと、半分は漫画を描くために映画を見ているんです。今考えているアイディアに近しい映画をしらみつぶしで見ていて、そうするとね、脳のなかで思いついたことが自分で思いついたことなのか、数多ある映画のパーターン替えなのかわかんなくなってきちゃって。純然たる創作物ってこの世にないってよく言いますよね。みんなアレンジ替えっていうか、それでいいと思う。Aに感化したひとがBをつくって、またCをつくっていって、そこに自分の人生が乗っかってるから、形はパクったかもしれないけど、中に入れている魂は自分が体験したことなのね。

 映画って、2時間で体験できる人生っていうかね。そんな感じがします。

 

 監督・脚本=市川準
   原作=林真理子
   出演=田中麗奈、小澤征悦、樹木希林、寺尾聰、斉藤陽一郎、石田ひかりほか
いのうえ・さんた 1968年生まれ。
 代表作に「TOKYO TRIBE」「隣人13号」など。「惨家」「モテ助」を連載中。
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