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【SPECIAL】お化けに負けちゃいかんのです!
押切蓮介「ヒルコ/妖怪ハンター」を語る

 「ハイスコアガール」や「ミスミソウ」をはじめ、幅広いジャンルの作品を描くことで知られる漫画家・押切蓮介さん。ホラー作品も多数発表されていますが、沢田研二さん演じる考古学者が「キンチョール」で妖怪に立ち向かう映画「ヒルコ/妖怪ハンター」(1991年、塚本晋也監督)に並々ならぬ思い入れがあるようです。6月9日付け朝日新聞紙面「私の描くグッとムービー」欄に収めきれなかったお話をお届けします。(聞き手・宮嶋麻里子)

 

 

 ――ご紹介いただく映画「ヒルコ/妖怪ハンター」(※以下「ヒルコ」)の概要をお話しいただけますか?

 

 押切 塚本晋也監督の映画で、諸星大二郎先生の漫画が原作です。沢田研二さん演じる稗田礼二郎は、妖怪に関する論文を発表して、ちょっと白い目で見られているっていう立ち位置の考古学者なんですけど、義兄で中学校教師の八部さんが古墳の探検をしている最中に行方不明になってしまうんです。それで、行方不明になった八部さんを探すために八部さんの地元に行く。八部さんにはまさおという息子さんがいて、その息子さんも父親のことを捜索していた。そこに、古墳から封印を解かれた妖怪ヒルコが現れたので、稗田礼二郎と八部さんの息子がタッグを組んで、ヒルコを元いた古墳の中に封じ込めるため立ち向かう。

 

■キンチョールでも妖怪と戦える

 

 話としてはそういう感じの映画なんですが、漫画と違って稗田礼二郎のキャラクターがすごくコミカル。ビビリなんだけれども、「キンチョール」だとか、妖怪を倒すための兵器をたくさん持っていて一生懸命戦うわけですよ。僕がこの映画を初めて見たのは小学生とか中学生のときだったんですけど、その様子が、まぁ怖くて面白かったんです。

 

 ――押切さんは「キンチョール」での攻撃シーンが特にお気に入りだそうですね!

 

 押切 そう、「キンチョール」! よくわからない呪術とかそういうのではなく、自分の身近なもので妖怪と戦うっていう発想の柔軟性が、僕の中ですごく刺さったんです。身近にある殺虫剤の「キンチョール」でも妖怪と戦えますよっていう。妖怪をぶん殴ったり、妖怪と戦ったりする僕の漫画の原点は、もしかしたらそこからきているのかもしれない。

 

 ――押切さんは学生の頃、ご自宅で「神ちゃんの上映会(※押切さんの本名は「神崎良太」)」と称して友達に色々な映画を見せる会を行われていたとか。

 

 押切 はいはい、結構やってましたねぇ。

 

 ――その第2回目の上映作品が「ヒルコ」だったそうですね。

 

 押切 そんな記憶がある! 上映した映画の順番まではおぼえていないんですけど「ブレインデッド」と「ヒルコ」と「AKIRA」、これはもう確定ですね。あと「死霊のはらわた」とかね。だいたい人が死ぬ系の映画ばっかりなんですよ。

 「ヒルコ」との出会いはビデオレンタル屋さん。ホラー映画のどす黒ーいコーナーがあったんですが、日本のホラー映画コーナーとなると、更におぞましさが増すんですよ。なんか見てはいけないものを見てしまうんではないかっていう恐怖心もあったし、ポルターガイストとかそういう洋画のホラーだったら受け入れられるんだけど、僕の中で日本のホラーって(怖さの)レベルが高い感じがしたんですよ。で、昔はビデオのパッケージの裏を見て映画の内容を察さなきゃいけなかったから、「ヒルコ」を手に取った時は「うわぁ……やっぱり気持ち悪いなぁ……」と思いつつ、裏を見たら沢田さんがキンチョールを持って戦っていて、もうそれだけで、これは面白そうだなって思いました。

 当時はね、ビデオレンタル屋さんで扱っていたVHSを「レンタル落ち」として売っていたんです。

 

 ――「レンタル落ち」、ありましたねぇ。

 

 押切 僕、神奈川の高津に住んでたときに、二子玉川のゲーセンによく行っていたんですけど、駅前で古本とか売っていることあるんじゃないですか。そういうところでレンタル落ちしたビデオも大量に売っていて、その中に「ヒルコ」があったんですよ!!! 値段を見たら2千円と。その時お金を持っていなかったから、慌てて家に帰って「頼むから2千円下さい」って母親に懇願してお小遣いを前借りしました。で、また二子玉川に自転車で戻って「ヒルコ」のビデオを買いに行った記憶がありますよ。しかもまだ持ってるんですよ、そのVHS!

 

 ――ゲットした思い出とともに印象深い作品なんですね。

 

 押切 印象深いですねぇ。それまでは上映会をやる度に、350円のレンタル料を払って、1日だけ借りては返すを繰り返していたけど、「うちにはヒルコのVHSがあるんだ!」「これでもう何百回でもヒルコが見られるぞ!」ってね。そのうち飽きるだろうと思っていたんですけど、この年になるまで全く飽きず、VHSとDVDとBlu-ray全部揃えています。それくらい好きな映画なんです。

 

■パーン、ゴロゴロゴロ、ガチャ、パシッ

 

 ――これまでに何回くらい見ましたか?

 

 押切 500回くらいは見たんじゃないですかね。

 

 ――すごすぎます!

 

 押切 500回はちょっと言いすぎたかもしれないけど、気持ち的にはそれくらい見てて、通してでも50回くらいは見てると思うし、なんかね、ところどころ好きなんですよ。

 

 ――具体的にはどの場面がお好きですか?

 

 押切 いやぁ、いっぱいありすぎてねぇ。まず、ワンシーンワンシーンがすごい好きで。沢田研二さんが好きになったきっかけでもあったんですよ。最初のゴキブリが出てくるシーンは映画の伏線になってるんですけど、奇声を発しながらキンチョールでゴキブリ倒すところ、ああいうシーンはホラー映画では見なかったから、そこで心を掴まれるようになって。

 あとね、塚本晋也監督のセンスだと思うんですけれど、ヒルコの視線のカメラワーク。たぶん、中央だけ視線を合わせて早送りするっていう独特なカメラワークをしていて、ああいう描写もすごく好き。

 なかでも一番好きなのは、校庭で稗田礼二郎と八部さんの息子が自転車から転んでぶっ倒れているところにヒルコが迫ってくるシーン。そこに、用務員の渡辺さんが現れて銃を撃つと、ヒルコがゴロゴロゴロって転がって、ダンボールのわなの中に入っちゃうんですよね。そこのシーンって音楽が無いんです。銃で「パーン」って撃って、「ゴロゴロゴロ」「ガチャ」って音が来て、「パシッ」って聞こえて、シクシク泣く。あの間がね、すごく好きなんですよ。リズムが良くて、押し付けでホラーを撮っていない演出だと思うんです。映像を見ないと、この良さはわかんないと思う。あの流れやリズムは、もしかしたら自分が漫画を描くうえで、役に立っていたかもしれないですね。

 

 ――押切さんの漫画には独特のリズム感がありますよね。

 

 押切 そう、リズム感。それで、くんずほぐれずやってるうちに、渡辺さんが口ん中にワァっと卵(?)を産み付けられてしまうところまでが……。そこでやっと音楽が流れるんですよ。何度も見たシーンです。

 

■終わり方、すごくすがすがしい

 

 ――先ほどお話しされていた「押し付けでホラーを撮っていない」という言葉が印象的でした。「押し付けでホラーを撮る」とは、押切さんにとってどういうことを指すのでしょうか?

 

 押切 お化けが出てきたら、怖い感じで演出したいはずなんですよ。でも「ヒルコ」はただただ怖がらせるんじゃなく、ちょっとこう笑わせようとしている傾向があるじゃないですか。沢田研二さんの演技力や、映画版の稗田礼二郎のキャラクター性もあると思うんですけど、ホラーにしてはすごく気持ちのいいすがすがしい終わり方をする映画なんです。

 

 押切 田園の風景とかね、富山県のとある場所で撮影したらしくて、その頃から僕の富山に対する心象が良くなった。

 

 ――(笑)。

 

 押切 成人してから僕と同じく「ヒルコ」が大好きなイラストレーターさんとお会いする機会があって、お互い映画の良さを語っていたんですけど、その人はガチ勢だから、撮影現場に聖地巡礼に行っていて、本気で羨ましいと思ったことがありましたね。

 

 ――塚本晋也監督の作品は他にも見られていますか?

 

 押切 全部見ています。「鉄男」から「鉄男Ⅱ BODY HAMMER」、「東京フィスト」、「バレット・バレエ」も見て。塚本晋也さんの演技もすごい好きだしね。

 

 ――話は変わりますが、今回「ヒルコ」か「バタリアン(※ダン・オバノン監督、1985年公開のアメリカ映画)」をご紹介するかで迷われていましたね。「バタリアン」はどんなところに心ひかれたんでしょうか?

 

 押切 僕、「バタリアン」が初めて見たホラー映画なんです。あれを金曜日の夜に普通にテレビで放送してたんですよ。

 

 ――日本テレビの「金曜ロードショー」ですかね?

 

 押切 そう。なんかね、怖いんだけど、コミカルで笑えるんですよ。小学生低学年にホラーで楽しいと思わせる映画って、あんまり無い。結構えぐいシーンはあるんだけど、センスが良くて。ゾンビがしゃべるっていうのも、ゾンビ界のなかではタブーなんですよ。今はもう・・・・・・。

 

 ――最近はしゃべりまくりですよね、ゾンビ。

 

 押切 しゃべりまくり。でも、「バタリアン」なら許せる。走るゾンビっていうのも、あれが最初の方だと思います。「ドーン・オブ・ザ・デッド」っていうジョージ・A・ロメロ原作の2004年の映画とかはゾンビがめちゃめちゃ走ってて、それがちょっと物議を醸したんです。ゾンビはゆっくり襲ってくるから良いんだっていうっていう価値観もあれば、走って襲ってくるのがスリルがあって良いっていう価値観もあって、どっちの良さもあるんですけど、「ドーン・オブ・ザ・デッド」で走るゾンビがでてくることが「新しい」と言われてた。僕としては、いやいや、「バタリアン」でやってたじゃんっていう。ゾンビがかなり全速力で走るし、物も使うし、頭がいいんです。

 初めて見たときはショッキングで、「なんでこんなの見たんだろう・・・・・・」って思った。最初のオープニングも「見てられないっ・・・・・・!」ってくらい怖くて。43歳になった今でもあのオープニングは気持ち悪いなあって思います。

 でもね、次の日に学校で「昨日『バタリアン』見た?」って聞いても、みんな見てないって言うんですよ。

 

 ――保護者の方が見せないようにしてたんですかねえ。

 

 押切 かもしれないですね。うちはけっこう自由だったからな。「ジョーズ」でもなんでも見せてくれた。

 

 ――最高のお母様ですね。

 

 押切 最高ですね。そのおかげで今、母親が食えてますからね(笑)。吉と出てる。落書き帳とかでもね、人が死ぬシーンとかを描いて学校で怒られていたんですが、母親は「いやいや、もうそれは放っといてください」と言っていたらしいんですよ。

 

 ――お母様、かなり先進的というか。

 

 押切 意外とね! 当時、親がけんかばっかりして、家庭環境があんまり良くなかったんです。母親的な視点では、それが原因で子どもがストレスを感じているから、そのはけ口として残酷な絵を描くのであれば、それはそれで手段だって許してくれてたんすよ。

 

 ――セラピー的な! やっぱりとってもかっこいいお母様ですね。

 

 押切 子どもの豊かな発想力に繫がっているんだからね。

 

■怖さの向こうに何があるのか

 

 ――押切さんは相当な数のホラーを、邦画、洋画問わず見ていらっしゃいますが、強いて言えばどちらの方が好きかなど好みはありますか?

 

 押切 どっちの良さもあると思います。でも、ホラー映画に関しては、日本のJホラーになってからは怖がらせるための映画になってしまった気がしてあんまり好きじゃない。ただお化けが襲ってきて、びっくりさせるだけの映画は僕のなかで反発精神が強いです。

 なんでこうコロコロコロコロ人間が惨敗してね、負け戦で終わっちゃうんですか。人間はもっとがんばれば、お化けをぶん殴れるし、成仏させることだってできるのに、日本のホラー映画ってバッドエンドで終わりがちなんですよ。だけど海外のホラー映画って意外と人間ががんばる。がんばって食い下がって勝つような映画もあるんです。なんか僕はそっちの方が「良い映画だな」って思える。生きてる人間の方が絶対強いんだから、人間はお化けに負けちゃいかんのですよっていうのが僕の持論です。

 だから「呪怨」の清水崇監督とかとはまったく意見が合わなくて。「蓮介とは話合わない」みたいな感じになったこともある。でも、需要と供給がなされているから、正解は清水監督なんですよ。僕の方が少数派の意見だし、怖いものを見たいって思っている人に、怖くない思いをさせてどうすんねんっていう意見の人は多い。

 

 ――押切さんの漫画「サユリ」では、まさに人間が幽霊に立ち向かう様子が描かれています。

 

 押切 あれが僕のJホラーに対するアンチテーゼですね。人間が幽霊に逆転するようなものが見たいとずっと思っていたので、こういうホラー映画をつくってくれって気持ちで描いたんです。怖いところは怖がらせて、後半になってくうちに、怖さだけじゃない、その怖さの向こうに何があるのかを突きつけたかったんです。

 

 ――恐ろしいものに人間が勝つ姿を見れたなら、それはすごい興奮材料になると思います。

 

 押切 そうそう、活力になるはずだと思ったのが僕の意見です。「人間っていうものは対抗すればなんとかなるんだよ!」「勇気を与えてくれよ!」ってね。

 

 監督・脚本=塚本晋也
   原作=諸星大二郎
   出演=沢田研二、工藤正貴、上野めぐみ、竹中直人、室田日出男ほか
おしきり・れんすけ 1979年生まれ。
 代表作に「ハイスコアガール」「ミスミソウ」など。「ハイスコアガール DASH」「おののけ! くわいだん部」を連載中。
(記事・画像の無断転載・複製を禁じます。すべての情報は公開時点のものです。ご利用の際は改めてご確認ください)