現在放映中のドラマ「褒めるひと褒められるひと」の原作者・たけだのぞむさんにお気に入りの映画を伺いました。褒めるって特別なこと? 褒めるって難しい? 今回紹介する映画「ベイブ」(1995年、クリス・ヌーナン監督)から日常で役に立つ「褒める」ヒントをお聞きしました。6月23日付け朝日新聞紙面「私の描くグッとムービー」欄に収めきれなかったエピソードをお届けします。(聞き手・佐藤直子)
――「ベイブ」はたけださんにとってどんな映画ですか?
たけだ 人生で一番長く見続けている映画です。それだけ長く見続けられている理由にはベイブのかわいさがあると思います。自宅で過ごすときはベイブのビデオを流しながら絵を描いたり、宿題をしたりしていたので、いつも側にある相棒のような映画だと感じています。
――「ベイブ」に出会ったきっかけは?
たけだ ベイブとの出会いは、小学校低学年の1~2年生の時。動物のかわいらしいビデオのパッケージにひかれて、手にとったのがきっかけです。動物たちが仲良く活躍する童話みたいな話だと思っていたら・・・。ブタたちが養豚所から食肉に加工されるために連れて行かれる不穏なシーンからはじまるじゃないですか。すごく怖くて衝撃を受けたのを覚えています。でもすぐにベイブとほかの動物のかわいいシーンに切り替わり、ホッとしました。かわいい、こわい、かわいい、こわい、この繰り返しで目が離せませんでした。
――ストーリーについて教えていただけますか?
たけだ 食用になるはずだった子ブタのベイブ。お祭りでブタの体重当てゲームの景品になり、農夫のホゲットさんにもらわれていきます。農場には、アヒルやヒツジ、にわとりなど色んな種類の動物がいる。お母さん犬で牧洋犬のフライといるうちにベイブも牧羊犬ならぬ牧羊ブタを目指すお話です。
ーー描いていただいたイラストにはベイブがたくさん!
たけだ 好きなシーンを描こうと考えたのですが、どのシーンもかわいいので全然絞れなくて。それならば、もうベイブのかわいさをたくさん描かせてもらおうと思いました。イラストの右上は特にお気に入りのベイブのおしりのカットです。おしりをふる動きは特にみどころ、左上は足に泥をたくさんつけてトコトコ歩いているところなどベイブのかわいいしぐさを絵にしました。また、ペンキまみれのベイブは、かわいそうでかわいいし、クリスマスの時に歌をうたうベイブも口をあけていてもごもごしていて、どのシーンも見逃せません。1枚のイラストにベイブのかわいさを詰め込みました。
ーーよく観察されていらっしゃいますね。
たけだ 実際に絵に起こしてみるとベイブのような食用ブタは意外とがっちりしていて、サイズ感も大きい。目もちっちゃめで、鼻も長いし意外とかわいく描くのが難しい。結構悩みながら描きましたね。ベイブのかわいさはその見た目にもありますが動物はしぐさありき。動物を描くのは結構好きなので、楽しく描けそうだなと描き始めたのですけれど意外と苦労しましたね。リアルだと完全にブタって感じなので、気持ちデフォルメして私の中のかわいいベイブを描きました。絵にするのはやっぱり大変ですね。
ーーベイブのかわいさ、伝わってきます。では、ベイブはどんなキャラクターでしょうか?
たけだ ベイブはお願い上手なブタです。牧羊犬(牧羊ブタ)を目指す立場として、ヒツジを誘導しなくちゃならない。大きな声で吠えてヒツジを従わせるのが本来の牧羊犬。でもベイブは、ヒツジに対等に礼儀正しくお願いをするんですよね。それにやってもらったことに対しても、きちんと感謝しています。それって、簡単なようで意外とやっていない人が多いのかなと思います。ベイブが、そっちのやり方が自分にあっているなって気づいたのはいい気づきですよね。自分らしくあるってすごく大事だなって思います。
ーー自分らしく生きるということが現実でも至る所で度々取り上げられます。
たけだ 人それぞれ向き不向きがあると思っています。自分に合う仕事や生活があって、誰もが同じではないですよね。私は、合わないことをやるよりも自分らしく無理せずに生きるという方がいいなと思っています。もちろん、がんばることもすごく大事ですが、自分にあっていない方法や物事は、どうしても無理が出てくるので、その辺に気づいて生きるのは大事だと思います。ベイブらしく牧羊ブタとして仕事をした結果、できっこないっていわれていたことも、自分のやり方で世界を変えていくって熱いですよね。
ーー人それぞれ、自分は自分、それはベイブの中でも?
たけだ この映画は、ブタ、アヒルなど食用にされる動物に対して差別や偏見があると感じました。食用にされる動物は、役立たずの能なしというレッテルを貼られているし、農場では、序列や厳格なルールがちらほら見え隠れする。そういう環境の中で動物たちは自分の役割や仕事を大切に思っているというのも感じましたね。それぞれのアイデンティティーもこの映画のひとつのテーマだと思います。
映画に登場するいじわるなネコは自分がペットということを理解していて、ベイブにはブタの本分は食べられることだといやな感じで言うこともありますが、ベイブ個人の人格、ブタ格は否定しない。全体として適度な距離感で、自分は自分、あなたはあなたとそれぞれ自分を持っている感じがしますよね。自分と他人を分けて考えられていて、それも好きなところです。そういったところもマンガに入れていきたいと思っていますし、自分自身も先入観なく誰とでもフラットに接していきたいなと思います。
ーーマンガ作成、実は映画から影響を受けていると伺いました。
たけだ ベイブの映画って動物目線であることが多いんです。カメラが地面に近くてあおりの構図が目立ちます。画面の切り取り方はマンガを描く際の参考にしています。農場でベイブとヒツジが会話するシーンは、ベイブがヒツジを見上げる構図、私たちもブタ目線を体験ができますよ。さらに人間同士の会話では彼らの目線にあうようになっているなど、すごく考えられて作られています。風景と動物が一番よく見えるように考えられているのも参考になります。
角度が場面によってくるくる変わっているのが好きで、私もマンガを描くときにいろんな角度から描きたいなと思っているので、ベイブから影響を受けたのかなと思います。マンガを読む読者に対しても、いまどこに誰がいるかをわかりやすくかけたらいいなって。実は、マンガよりも映画をお手本にしている方が多いかもしれません。
ーーベイブのかわいさや魅力を語っていただきましたが、ほかの魅力もあるのだとか?
たけだ ベイブの映画は実は聞き流しもおすすめです。吹き替え版は特にセリフが秀逸。聞いているだけでも楽しめます。少しだけご紹介すると「クリスマスは殺しの日」「ブタだけにとんまなやつ」「恐怖ってやつは体にわるい」とか、一見マイナスに感じるセリフに聞こえます。面白く表現しているので悲壮感がないのがいいですよね。それに、ベイブが目指す牧羊犬ならぬ牧羊ブタっていう表現も。私は、ベイブのようなファンタジー映画をよく見るのですが、もちろん現実として考えたらおかしい、でもそこにつっこみを入れるというのがたまらないんです。
私のマンガ「褒めるひと 褒められるひと」でも、主人公が一風変わった感じで褒められて突っ込みをいれる場面がよくあります。主人公の市川さんは、上司の板東さんに「おかゆみたいだ」と褒められるけど、とっさには褒められているかわかりづらいですよね。でも、おかゆから連想できるのは、食べやすくて胃に優しい、そして病気や弱っている時に食べるとホッとするもの。市川さんのやさしくてしっかりしている性格を表現しました。褒め方が少し変わっているので、褒められる方は一瞬ハテナが思い浮かんでしまうかも。でも、言葉から連想していくとなるほどっていうところにたどりつくので、その体験を楽しんでもらえたらと思います
私自身は褒めるということに特に抵抗もなく、深く考えるタイプではないので、褒めるということを意識したのはこの作品を描き始めてからだと思います。最近では褒めるということが難しいと話題にあがることもあるみたいですが、ベイブのように王道に褒めてもいい、私のマンガのように変わった褒め方でもいいと思います。人をよく観察して行動してみるとベイブのように世界が変わるということがあるのかもしれませんね。
監督=クリス・ヌーナン
製作=ジョージ・ミラー
原作=ディック・キング・スミス 出演=ジェームズ・クロムウェルほか たけだ・のぞむ
兵庫県在住。代表作『褒めるひと 褒められるひと』(講談社)は単行本全3巻発売中。2023年ドラマ化、現在放送中。 |