病気で視力を失いつつあるものの、息子のために一生懸命働きお金をためているシングルマザーの主人公・セルマは、あるときお金が盗まれていることに気づきます。犯人からお金を取り返そうとしますが、そこから悲劇が始まります。ほの暗い水の底に沈んでいくような気持ちになります。
セルマが生きる現実世界は暗くおぼろげですが、彼女が空想世界に浸りミュージカルを演じるシーンはとても色鮮やかに描かれます。私もしんどい時や逃げ場がほしい時、別のことを考えることがあります。空想することでなんとか自我を保つ彼女に共感できる部分があるかもしれません。
セルマに対して、「どうして、そんなに上手に生きられないんだろう」と感じる人もいると思います。しかし人には、“その選択でしか生きられないとき”があると思うんです。彼女の選択は苦しいし生々しいけれど、どこか希望も感じます。最後のあの瞬間に、この作品が悲劇と喜劇のどちらだったのか、問われると思います。
「生きるってなんだろう」と考えたとき、諦める力をつけていくことなのかなと思います。それは決して、ネガティブな側面ばかりではありません。いろんなことを受け入れて、めでることができます。「仕方ない」を増やすことで、生きやすさを得るのかもしれません。
身を捧げてまでも得たいものがあるセルマの、“生きる”ことへの熱量がまぶしく、心のメンテナンスをしたいときに見たくなる作品。本当に大切にしたいものは何か、考えないといけないなと感じるんです。
(聞き手・田中沙織)
監督・脚本=ラース・フォン・トリアー
製作国=デンマーク
出演=ビョーク、カトリーヌ・ドヌーブ、デビッド・モースほか さくら・まな
1993年、千葉県出身。2020年に刊行した「春、死なん」は、第42回野間文芸新人賞候補に選出された。 |
紗倉まなさん 公式インスタグラム