軽やかなタッチの少女のイラストが特徴的なイラストレーター・めばちさん。TVアニメのEDアニメーションや衣装設定、書籍、似顔絵イベントなど活動は多岐にわたる。
めばちさんが選んだ映画は「レディ・バード」(2018年日本公開)。17歳の少女クリスティン(自称“レディ・バード”)が地元カリフォルニア・サクラメントからニューヨークへの進学を夢見たり、年相応に恋愛に憧れ、家族や友情に悩む青春の物語。
彼女を「とにかく可愛い。嘘をつくしダサいけど、いとしい」と語っためばちさん。映画の魅力と、映画を見て思い出すという自身の過去について聞いた。
(聞き手・笹本なつる)
インタビュー【Part.1】では、3月15日の朝日新聞夕刊コラム「私の描くグッとムービー」のロングバージョン部分を掲載。
【Part.2】では、TVアニメの仕事についてのお話から、めばちさんが描く少女像、似顔絵のきっかけなどについて聞いた。
※どちらからでもお読みいただけます。
――今回の映画に「レディ・バード」を選んだのはどうしてですか?
好きなVtuberの甲賀流忍者!ぽんぽこさんがおすすめしていて、見てみたのがきっかけです。
――映画を見てどう思いましたか?
こういう青春映画って普段あんまり見ないというか、見ても何も思わないことが多いんですが……、「レディ・バード」はとにかく主人公が可愛くて。すぐ嘘をつくしちょっとダサいんですけど、でも愛しいとちゃんと思わせるキャラクターになっていて「このキャラの作り方はすごいな」と思いました。
レディ・バードと母親のシーンがすごく良かったのが印象に残っています。母親と大学の見学に行った帰りの車から物語が始まるんですが、一緒にたわいもない話をしていたのに、ちょっとした一言でカチンときていきなり喧嘩が始まってしまうのが思い当たる節があるというかとてもリアルだなと思いました。
仲が悪いわけじゃないんですよね、この2人って。車内で一緒に朗読のカセットを聞いて泣いていたりして。今だったら、お母さんと一緒にドラマを見て泣いてるみたいな感じかな?
そういう仲の良さを序盤で見ているから、安心して映画を見ることができました。主人公は家族が嫌いだから家を出ていきたいんじゃなくて、成長の過程で地元や家族への気持ちがぐちゃぐちゃになって「ここから出ていきたい」と思っているだけなんです。
――繰り返し見ている作品なのでしょうか?
今回お話しするために見直して、3回かな。何回も同じ映画を見ることはあんまりしないですね。
終盤に、進学で家を出る娘を飛行場まで送っていったのに見送りもせず、母親が1人で車で帰っていってしまうシーンがあるんですが、1人になった瞬間に母親が泣き出しちゃうところで自分も泣いてしまいました。久しぶりに見ましたがやっぱりこのシーン好きだな。結婚して家を出たとき、自分も両親にこんな顔をさせていたのかもしれないと思いました。
――母娘の距離感が絶妙ですよね。プロム(卒業前の高校生が参加するダンスパーティ)に行くための服を一緒に選ぶシーンも好きです。
わかります!この服いいかもって気分が上がってるのに、お母さんがちょっと嫌なことを言ってすごく不機嫌になったりして。
――自分と母親との関係で重なるところがあるんでしょうか?
そうですね。似ているところがあると思います。
自分はずっと東京の実家に住んでいて大学も実家から通っていたので、レディ・バードのことを真に理解することはできないところがあって……結婚もしてなかったらずっと実家に住んでいたと思います。「田舎の家を出たいってこういう気持ちなんだ」みたいな。
だけど、この映画を見ていると実家で母と過ごしていた頃のことを色々思い出します。
20歳の誕生日に恋人が花束をくれて、母に生けておいてって渡したら、生けてはくれたんですけどお水を変えてくれなかったんです。いつもはお花屋さんで花を買ってお願いをしたら、毎朝絶対に水を変えてくれるので1週間は元気なんですけど……。その花だけ変えてくれなくて。今思うと自分で変えろよと思うんですけど(笑)。
私が彼と遊びに行ったりすることを複雑に思っていたのかな。「なんで私がやらなきゃいけないの」みたいな(笑)。認めてほしいじゃないけど、私が好きな人から花をもらったことを一緒に喜んでほしいと思っていたので少し悲しかったのを覚えています。
でも、別のときに彼がくれた指輪をなくして泣きながら捜していたら、そのときは何も言わずに一緒に部屋中ひっくり返して、家具まで動かして捜してくれた。結局見つからなくて新しいのを自分で買いに行ったんですけどね(笑)。そういうことをいっぱい思い出すきっかけになるから、すごくいい映画だし大切な映画だなと思います。
――今回は映画終盤のレディ・バードが車を運転しているシーンを描いていただきました。一番お気に入りのシーンということでしょうか?
そうですね。進学の前に運転免許を取って、運転席から故郷・サクラメントの景色を眺めるシーンです。今までは母親の運転する車の助手席に座って流れる風景を見ているだけだったのに、運転するほうに目線が変わっている。すごくわかりやすく成長のシーンだなと思いました。
そのあとの、母親が運転してる横顔にレディ・バードの横顔が重なるカットがすごく好きです。それがあまりにも美しいので、やっぱりこのシーンかなと思って。
――ラストシーンで流れる語りもいいですよね。
お母さんが最初にこの町を運転した時どう思ったのか話したかったけど、そのとき私たちの心は離れてた……、みたいな言葉ですよね。そこから続く母への感謝の思いをちゃんと言葉にして留守電に吹き込めるのが、レディ・バードの可愛いところだと思います。
そういう人に伝えたいと思っていたことを一生言えないままの人もいると思うんですけど、この子はタイミングがくればちゃんと言いに行ける。母親も、結局渡せなかったけど娘に宛てた手紙を書こうとしてた。お互い、歩み寄りたいけど難しいってところがすごい愛しいと思いました。
決して大きなことを描いている作品ではないのですが、見終わったあとに胸がいっぱいになり、人になんかすごいいい映画を見たって言いたくなる感覚がありました。
「どうしてこんなに女の子の気持ちがわかるの?」って思える映画が好きです。多分、そう思うと好きになっちゃう。
「レディ・バード」の他には高畑勲監督の「おもひでぽろぽろ」なども候補に挙げていたんですけど、それもなんでここまで女の子の気持ちがわかるんだろうってぐらい自分のことが描かれているように思えてしまって見るたびハッとする映画です。
そういう映画をいいなと思うし、自分が絵やアニメのお仕事で描きたいものと近いなと思います。
――まとめると。
「あの頃を思い出す。なんでこんなにわかるんだろう?」ですかね(笑)。
――具体的に同じような体験をしたことはないんですけど、なぜか懐かしい気持ちになる映画ですよね。「こんなこと自分にもあったな、ないけど」と……。
(笑)。そう、ないけど。
「おもひでぽろぽろ」で主人公が父親にビンタされるところがあるんですけど、あのシーンが本当にそれで。自分は父親にビンタされたことなんてないんだけど、あのシーンの「え、お父さん怖い……」みたいな感覚。出かける前にそんなことをされて、嫌な気持ちになって「もう行かない……」ってなる感じ。挙げればキリがないのですが、そういう繊細な描写がある映画が好きです。
――自分にはなかった青春の追体験みたいな感覚ですよね。主人公・クリスティンが「レディ・バード」と呼ばれたくてムキになるシーンにも共感しました。
わかります。でも、最後には自分の名付けられた名前、「クリスティン」と名乗るところもすごくいいですよね。
『レディ・バード』
監督=グレタ・ガーウィグ
製作国=米国
公開年:2018年
出演=シアーシャ・ローナン、ローリー・メトカーフ ほか
◆2024年3月15日の朝日新聞夕刊「私の描くグッとムービー」
インタビュー【Part.2】では、TVアニメ『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』などアニメの仕事についてのお話から、めばちさんが描く少女像、似顔絵イベントのきっかけなどについてお聞きする。【Part.2】はこちらから。
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