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マツオヒロミ( イラストレーター)ー
自分の物語でもある映画「キャバレー」

  昭和や大正時代から出てきたような艶やかで匂い立つような色気をまとう女性を描く、イラストレーターのマツオヒロミさん。レトロで和モダンの麗しい世界感が特に20~40代の女性から支持されています。和装のほか、クラシックな洋装も手がけており、小物やアクセサリー、メイクに至るまで各時代のファッションを研究、さらに独自のアレンジも加えた作品が注目されています。5月24日(金)の朝日新聞夕刊「私の描くグッとムービー」では、そんなマツオヒロミさんのお気に入りの映画「キャバレー」(1972年、ボブ・フォッシー監督)を紹介します。イラストレーターとしてのマツオヒロミさんのベースになったとも言える映画だそうです。ここでは紙面には収めきれなかったマツオさんのインタビューを掲載します。

(聞き手・佐藤直子)

 

 

※東京・文京区の弥生美術館で「マツオヒロミ展~レトロモダンファンタジア~」が開催中。6月30日まで。このページの最後に、同展へご招待するリンクがあります。

 

  

マツオヒロミさんご自身を紹介してください

イラスト、漫画、文章を合わせて1冊で一つの世界観になるような本を書くことがわたしの最近の主流です。肩書きというと考えてしまいますが、やっぱり本分はイラストレーターかなと思っています。

 

イラストを描くようになったきっかけは何ですか

 20代前半くらいの時に、化粧品の「マジョリカマジョルカ」「アナスイ」などのパンフレットを愛読していたんです。メイクも好きですがそれよりも、それを紹介する冊子自体が好きでした。1冊でブランドのコンセプトや世界観がわかるようになっていて、それがおもしろいなと思って集めていました。

ファッションブランド「アナスイ」のコスメラインのプロダクトデザインや世界感は当時の私の憧れ。アナスイのマネキンが、映画「キャバレー」のヒロイン、ライザ・ミネリさんにそっくりで。黒髪に前下がりのボブカット、バチッとしたつけまつげをしたアイメイクの彼女が「アナスイそのものだ!憧れが動いている!」と思ったんです。

 

紹介する冊子がお好きだということ、わかります。

わたし(佐藤)も、美術館のチラシが大好きでついつい集めてしまいますが、そういう感じですか

そうです! 「このビジュアル、このレイアウトが最高」とか、見ているだけでもたのしくて。美術館のチラシだと、いかに展覧会を見たいと思わせる気持ちを喚起させるか、じゃないですか。化粧品も、使ってみたいとかわくわくするとか、そんな気持ちになるデザインを見るのが大好きでコレクションしていました。

今でも毎月4~5冊の雑誌を購入するというファッション雑誌のマニアでもあります。特に古い雑誌には目がありません。時代によって変わるレイアウトや字体などが気になるんです。

その小冊子をオリジナルで作ってみようと思ったのが、今回の「マツオヒロミ展レトロモダンファンタジア」の始まりです。結果、私らしさが出た作品作りのきっかけになったと思います。

 

1冊に「架空」の世界感を作りだすのが、マツオさんのスタイルですよね

「ダンス」 弥生美術館のための描き下ろし  2017年 ©Hiromi Matsuo 

はい。2010年に同人誌で発表したのが初めてですね。イラスト集を作って発表したいと思った時に、ただイラストを並べるだけじゃちょっと本として納得いかないなと思っていました。コンセプトやストーリーを決めて描くというのは、同時の創作同人の世界ですでに取り入れられているスタイルでした。例えば、マニュキアや十二星座など、テーマを決めて発表する感じです。私も1冊で架空の世界観を作るのであれば、 せっかくならプロダクトデザインまで考えてみよう、と登場させるブランドのるということ。登場させるブランドの由来や名前も決めていって、ロゴも作って、パンフレット風のビジュアルを作っていきました。

 

左『ROND』1957年10月号表紙 「マガジンロンド」より   2022年  ©Hiromi Matsuo/実業之日本社   右 同人誌「百貨店ワルツ」ポストカード  2014年  ©Hiromi Matsuo

 

とにかく自分の見たいパンフレットを作っていった、という感じです。

 

20代の下積みの時に、映画「キャバレー」に出会って、大きな影響を受けたそうですね。

マツオさんにとってどんな時期だったのですか?

 美術系の大学に行かなかったことをすごく後悔していた時期です。それが「絵描きになるぞ」という反動力になって、がむしゃらにいろんなものを吸収するぞっていう時でした。

うちは、「美術系の学校なんてとんでもない、ちゃんと大学を出て就職して。絵はそれからでも描けるでしょ」という考えの家でした。その通りに大学に行ってみたら、やっぱり絵を描いているような人はいないし、そんな場も無い。同級生たちに「絵が『趣味』なんだね」と言われた時には猛烈な違和感がありました。絵の仕事をするとようやく自覚した瞬間でした。そして、周りには熱意があってやる気のある学生ばかり。そういう人たちに囲まれ、なんとなく偏差値で入ってきた自分は何をやってるんだ、と情けなくなりました。道は違えど、本気で進路を考えて道を選んだ人たちの姿を見れたのは幸いだったかもしれません。それからは自分の本当のやりたいことをやる人生を選ぼう、と絵を仕事として描くこと向けて動き出しはじめました。

 

大学は何とか卒業しましたが、絵に専念する時期もあって休学もしました。休学中、まずは表現の場所に身を置こうと決め、古本屋でバイトを始めました。当時は漫画家志望、とにかくたくさんのマンガを読みました。その店には、アナログのレコードもたくさんあって、ジャケットのビジュアルにも興味がありましたね。

  卒論は雑誌「それいゆ」「ひまわり」などを手がけたことで知られる中原淳一さんの雑誌作りをテーマにしたんです。中原さんはイラストレーターでもあると同時にエディターとしても一流。雑誌の誌面のレイアウト、タイポグラフィを手がけるグラフィックデザイナーとしても素晴らしい仕事を残されています。出版美術に関するエキスパートであり、後世のアーティストたちに多大な影響を与えた天才です。わたしは、油絵や日本画の世界じゃなく、出版に関する商業美術が好きだったのだと、卒論で中原さんのお仕事を研究する中で自覚するようになりました。卒業後も就職はしない、と決め、フリーターでずっとイラストやマンガを描いてというのが20代の下積み。自分のやりたいことが少しずつ見えてきた大事な時代です。

 

今回描かれた映画「キャバレー」のイラストについて、解説してもらえませんか

何度も繰り返してみたのが序盤のショーのシーンです。黒い帽子にちょっと、水着っぽい感じのセクシーな格好で踊るライザ・ミネリさんのダンスと監督ボブ・フォッシーのカメラアングルがお気に入りです。

肩をちょっと上げる、首の傾げ方や、しなやかでかっこいい女性らしさの所作の1つ1つに影響を受け、一時停止ボタンを押してスケッチしていました。このシーンは特にアナスイの世界とも通じているような気がしたので、どんな絵を描きたいって言われたら、ああいう世界をイラストにしたかったのだと思います。

 

フォッシーの下から見上げる独特なカットも見どころです。四角い画面の中で、踊り子さんの足が入って、途中でライザ・ミネリ演じるサリーに切り替わって、円形に他の踊り子さんたちがいて……。音楽グループ「ピチカート・ファイヴ」が使っているようなオマージュで、ミニマムなレイアウトのかっこよさというのを映画では初めて見たんです。

 

同時に憧れや皮肉、それにちょっと悲しい。そういう光と影のようなものがフォッシーのアングルからちょっと透けて見えました。ショーはみんなを楽しませようっていうのが大前提ですが、フォッシーはアングル1つで、人間の心の寂しさとか悲しさとか、そういうみんなが知っているはずの何か、「ケ」の部分を表現してるのがかっこいいと思いました。ハレとケのバランスが絶妙な作品だと思います。

 

明るいところもあるけど、暗いところもちょっと忍ばせた影のようなどこか人間臭い悲しさとか、暗さみたいなのがないとキラキラ光っているだけのものは疲れちゃうんです。自分の物語として見れるのは、影の部分を知ってる感じの匂いがするもの。これは、私の物語って言ったらおかしいんですけど、こういうものを作りたいんだっていう風な感じです。

 

マツオさんの作品に、光と影、ハレとケ、どう影響されていますか?

「5階喫茶室開店披露ポスター」 「百貨店ワルツ」より   2016年  ©Hiromi Matsuo/実業之日本社

 私の描く絵はちょっとアンニュイと言われることが多いです。笑っている顔を描いても、目は伏節目がちに微笑とか。それに実は私、笑った顔を書けるようになったのは最近なんです。最初の同人誌を作っている当時2010年ごろはあまり描けなかったんですよ。目に光を入れることに抵抗があった時ですね。

その頃は暗い、悲しい気持ちっていうのが一番身近な気持ちだったので、そんな中で光を書くのは違うっていう思いがありました。私の描く女の子には目のキラキラは必要ない、暗い目の方が美しいと思っていた時期だったのでしょう。

それを商業美術の中でやるのはなかなかハードルが高く、しかしやりがいのあるテーマだと思って描いてきました。自己表現とエンタメ的な表現のバランスを常に取るように、というのは今も変わらないスタンスです。

 

そう思う何かがその時代にあったのでしょうか。

 表現をする際に自分に嘘はつけない、という思いがありました。自分が絵を描く意味みたいなところとしては、 目に光を入れないっていうのがありました。だから、明るい作品を明るいままに作っている人たちは、とても素敵だなと思うけど、自分の表現というとそれは違うと思いました。

「キャバレー」には、 ハレとケがある。それは私の作品と結構通じていますね。

 

着物もよく描きます。そこでも、呉服屋さんの広告みたいなぴちっとした着物の描き方は絶対にしません。広告だと柄を見せたいからシワは取るんですよね。

本来着物って体に沿うもの。動いているところがシワとして出てくるのが当たり前。そこが美しかったり、その人らしさだったりすると思うのであえてちゃんと書いています。

着物自体は豪華なものを描きますが、人間が着ているという残り香のようなものは書きたい。髪の毛がはらっと落ちているようなのもそこにドラマがあると感じています。そういうケの部分に引きつけられる。私は、そういう人間臭い、どこか抜けた部分が好きだなと思ってます。

 

  

▼「マツオヒロミ展レトロモダンファンタジア」の招待券の応募はこちら↓

https://www.asahi-mullion.com/presents/detail/14832

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