初めて北澤平祐さんを知ったのは、手土産によく手にとっていた「フランセ」のお菓子。贈った相手を真っ先に笑顔にしてくれるのが、果物をモチーフにした鮮やかなパッケージです。ロゴやパッケージのイラストを、イラストレーターの北澤平祐さんが描いています。北澤さんのイラストは、おとぎ話の世界に連れて行ってくれるような強い世界観が感じられて、引き込まれます。
そんな北澤さんお気に入りの映画はポール・トーマス・アンダーソン監督の「マグノリア」。私自身は次々と切り替わる展開に混乱して3回鑑賞しましたが、見終わった後はどこかほっとする後味に心地よさを覚えました。北澤さんとお話しして、この映画には「優しさ」が隠れているからだと気がつきました。
映画、そしてイラストレーターのお仕事についてお話をうかがいました。
(聞き手・深山亜耶)
Profile 北澤平祐 きたざわ・へいすけ 神奈川県生まれ。米国で16年間暮らした後、帰国。書籍の装画や洋菓子ブランド「フランセ」のパッケージなど幅広い分野で活躍。 ©heisuke kitazawa |
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※北澤平祐さんは8月2日(金)朝日新聞夕刊「私の描くグッとムービー」に登場予定です。
■隠れた優しさ
――「マグノリア」は1999年、ポール・トーマス・アンダーソン監督の作品です。今回この作品を選ばれた理由を教えてください。
アメリカに住んでいた学生時代にリアルタイムで見て、カエルのシーンが強く印象に残っていました。でも「なぜこの映画を自分が好きなのか」が、いまだによくわかっていなかったんです。この機会に考えてみたら分かるようになるかもしれないと思って、選びました。
――映画館の大画面で「あの場面」を見たら、特にインパクトが強そうです。
私は爬虫類がどちらかというと苦手なので、いきなりあれが出てきてちょっと目をそむけつつこっそり見ていました。結構長く続くシーンではあったので、「まだ落ちてくる、まだ落ちてくる」って思いながら見ていた記憶があります。
――当時見たときの第一印象は覚えていらっしゃいますか。
最初に見たときは全く意味がわかりませんでした。その後、何回見ても面白いと思うけど「これは何の映画なんだろう」っていうのは常に謎で、そういうところにも惹かれました。
――場面の切り替わりが激しく、私も混乱しました。
そうですよね。最後はほぼ全員が絡み合い、にっちもさっちも行かなくなって、そして超力技な「カエルの雨」で洗い流してしまう。私はすごくそこが好きです。
P.T.アンダーソンの監督の映画はどれも結構突拍子もなかったりへんてこだったりするんですけど、最終的には優しい感じがして。その優しさがすごく好きです。多分それって、監督からにじみ出ているものだと思うんですよね。その優しさを照れ隠し的に隠すため、突拍子もないことをやっているような気もしてしまいます。
――イラストの作品でも、作家さんの性格が出ることもありそうですよね。
ありますね。多分同じ感じだと思います。みんなストレートに「愛してる」って言うのは恥ずかしいから、めちゃくちゃ隠して作品に入れているような気がします。私自身も隠す方ですが。。
多分もっとオープンな性格の方が描く場合は、普通にハートとかも描けそうですし、それぞれの作家さんの色っていうのは「どこまで照れ隠しをするか」によって違いがあるのかもしれないですね。
――映画の中で特に印象に残っている人物はいらっしゃいましたか。
やっぱり飛び道具的な、男尊女卑な教祖様役のトム・クルーズですよね。当時見た時は、一瞬トム・クルーズって気が付かなくて、びっくりしました。でもこの作品はトム・クルーズがしっかりスーパースターになったはるか後で、そういった役もちゃんとやるっていうところがすごいなと。
それまではトム・クルーズってちょっとアイドル大根役者的なイメージがあったんですが、この映画では迫力もあったし、最後にお父さんの所へ見舞いに行くシーンではすごく感動しました。
あと、おもらししちゃう天才クイズ少年のエピソードはすごい好きで、大人になった元クイズ少年との対比も切ないですよね。カエルのシーンでみんながびっくりしているなか、彼は暗い図書館で「こういうことは起きるんだ」ってすごく冷静にとらえていたのも印象に残っています。
8月2日朝日新聞夕刊「私の描くグッとムービー」掲載のイラスト(©heisuke kitazawa)
■闇に浮かび上がる「雨」
――描いていただいたイラストはこちらです。背景の黒は、どのような意図でしょうか。
雨って夜の方が光があたってよく見えたりします。図書館の場面で、闇の中に浮かび上がっている感じが好きだったので、それを模して描きました。
――製作の途中は音楽をお聴きになるとのことでしたが、今回は何か聞かれましたか。
今回はDVDを見ながら描いていました。エイミー・マンのサウンドトラックもとても良いですよね。映画にもぴったりですし。
この監督さんは無茶苦茶音楽が好きで、私もすごく好きなレディオヘッドというイギリスのバンドのミュージックビデオもよく撮られています。最新の映画は「リコリス・ピザ」っていう映画なんですけれども、映画の出演経験のない、三姉妹でやっているハイムというバンドメンバーの一人が主人公を演じていてびっくりしました。
マグノリアでは全てエイミー・マンさんの音楽で、他の映画でもそれぞれ核となる曲なりバンドがあって、そこから出来ていますね。
■過去との向き合い方
――元クイズ番組司会者、アールの「人生を好きに生きれば悔いがないというのは間違っている」、「悔いを土台にして心を入れかえるんだ」といったセリフ、ほかには「過去を捨てても、過去は追いかけてくる」などの言葉が刺さりました。過去との向き合い方がたびたび出てきます。
すごく良かったですよね、その後悔も含めて。私も好きでした。すごく的を得ているような気がします。「楽しいことや良いことしか覚えてないずるさ」みたいなね。もしかするとそのずるさも含めて、雨が許しているのかもしれないですよね。
――北澤さん自身、過去とは向き合っている方ですか。
私は向き合わない方だと思います。私は多分現実逃避する方なので、良いことも悪いことも案外忘れてしまう。常に次のことに集中してしまうというか。良くも悪くも、多分悪い方が多いと思うんですけれど、あまり振り返らないです。良いことでも、楽しかったことでも一日たつと済んだことだし、と思ってしまう。
――それは今を大事にできているのではないでしょうか。
良く言ってくださると、そうかもしれないですね。でももしかしたら今も昔も大事にしてなくて、ただただ過ごしているのかもしれません。「丁寧に暮らそう」とかは思っていないかもしれないです。でもやっぱりこの映画を見ると「もうちょっと考えよう」と、思ったりしますよね。
――今回の掲載をきっかけに初めて見る方もいると思います。どんな方、どんな時におすすめしたいですか。
どうでしょうね。デート映画ではないですよね。一人でこっそり見るのがいいような気がします。あとは悶々と悩みがある時に見てみると、その問題に対して違った捉え方ができるようになるかもしれないですね。「なんだこれ」で終わる可能性もありそうですが……。
――私も一人で悶々と考えて、三回くらい見ました。
そうですよね。考えちゃうと駄目なのかもしれないですよね。まずは「曲がきれいだなあ」くらいの感じで通して見るのがいいかもしれません。
■アメリカでイラストレーターの基礎を学ぶ
――マグノリア公開当時はアメリカにお住まいで、大学もディズニーやハリウッドがお近くにある大学に通われていたんですよね。
10歳から26歳のときまで、アメリカに住んでいました。高校三年生くらいの時に、私は絵を描き始めたんです。アメリカの高校では美術のクラスは必須だったので、そこでたまたま良い先生に巡り合って。「(絵を描くことが)向いていると思うから、近くに良い大学があるので行ってみたら?」とすすめてくれました。大学のすぐ隣のディズニースタジオの方とかが先生をされていて、美術に力を入れていた大学でした。
――印象的な授業や先生は、いらっしゃいましたか。
やっぱり卒業生ではアニメーターになった人はすごい多いんですけれども、私自身はイラストレーション専攻だったんです。ラリー先生という方がすごく親身になって相談にのってくれて、「イラストレーターはどういう仕事か」「イラストレーションとアニメーションの違い」などを教えてくれて、イラストレーターの仕事に興味を持ちました。
絵本の歴史を学ぶクラスも楽しかったです。コールデコット賞という絵本の権威のある賞があるんですけども、そのコールデコット賞を取った絵本を全部分析していくクラスであるとか。日本風にイラストっていうとちょっと軽い感じに聞こえるけれど、イラストレーションにもちゃんと歴史があって、美術の一部として勉強するということに感銘を受けました。そこで学んだことが、現在の絵本の制作にもつながっていると思います。
絵本「ゆらゆら」(講談社)(©heisuke kitazawa)
――お休みの時はどのようなことをして過ごされていますか。
ゲームをやっているか、音楽を聴いているか、ですね。ゲームのパズル性やゲームで遊んでいるときの頭の使い方が好きです。「ゲームばっかりやって」って言われると私はいつも「仕事のためだから」って半分冗談で言うんですけども、おそらく絵の組み立て方に本当に役に立っていると思っています。表面的なゲームのビジュアルよりも、内面的な「ゲーム的思考」が特に。
現在イラストレーターをやっていて、過去に読んだ本や遊んだゲームなどが今の私を作ってくれていると思っています。例えば今、新しい絵を描く時、インスピレーションを得るために何かを探さなくても、今まで見てきたものが財産となって今の自分を助けてくれていて、おそらく、そこにこの映画も入っていると思います。
■創造の原点はティム・バートン……?
――最初に北澤さんを知ったきっかけはフランセでした。こちらはどのようにしてデザインが出来上がっていたのでしょうか。
フランセは私の絵のタッチにおいて分岐点の一つで、河西達也さんというアートディレクターさんとのお仕事でした。彼との出会いのおかげで今の自分があるというくらい、いろいろ影響を与えてくださった方です。イラストレーターの仕事の面白いところって、アートディレクターの方と二人三脚で作りあげていくところかもしれません。仕事で出会う方の思想や好みが自分のそれと混ざり合って、少しずつ今の私の作風ができていっている感じがします。
「フランセ」 ロゴ(©heisuke kitazawa)
「フランセ」 レモンケーキ パッケージ(©heisuke kitazawa)
よく可愛いと言っていただけるんですけれども、多分河西さんも私も可愛いものを作ろうと思っているわけでは決してないんです。
特に私自身は正直なところ何が可愛いのかよく分かってないところもあるので、多分そこを意識して描き出すと逆に可愛くなくなるのかなと思う時があります。「リボンをいっぱいつければ可愛いのかな」とか、よこしまな考えが横切ることはあるんですけど。
――デザインされたものを拝見すると、強い世界観のようなものを感じます。
ありがとうございます。もともと物語性が強い絵や作品が好きで、学生の頃は「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」などティム・バートン作品の影響も強かったと思います。どちらかというとダークなものに惹かれていました。
明るい色になったのは、もしかすると日本に帰ってきてからかもしれません。日本ってすごいカラフルな気がするんですね。何でも「可愛い文化」じゃないですけれども。そういうのに触発されて、色を多めに使うようになった気がします。
2019年個展「花と生活」より(©heisuke kitazawa)
2017年個展「収穫祭」より(©heisuke kitazawa)
――ちなみに、「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」はどのようなところにひかれましたか。
元々「シザーハンズ」とかのティム・バートン作品がすごく好きで、そんな中で「今度、ナイトメアー・ビフォア・クリスマスっていう変なアニメーションが出るぞ」と聞いて、リアルタイムで見ました。ティム・バートンの音楽をほぼ全部手がけているダニー・エルフマンという方がいるんですけれども、彼は元々オインゴ・ボインゴっていうバンドをずっとやっていて、そのバンドがずっと好きだったんです。「ナイトメアー・ビフォア・クリスマス」の主人公の声や歌もやっているんです。だから、映画が出ると聞いたときも「やったー!新曲がたくさん聞ける!」って思っていた気がします。
――ファンにとっては、それはすごく嬉しいですね。
見てみると、やっぱり凄い映画だったし音楽もすごく良かった。
――配色も特徴的です。作品を作る際、色はどのように決まっていくのでしょうか。
色は事前に考えることはあまりなくて、塗り始める時に考えることが多いんです。さっきの「ゲーム的思考」じゃないですけど、パズル的に塗ることが多いです。基本的にある1色を画面内にいっぺんに塗っちゃうんですね。絵本で15見開きあるとしたら、15見開き分の黄色を全部先に塗ってしまいます。そこからコントラストをつけたいところに次の色を塗って……と、ほんとにパズル的な感じです。今回の作品は色数は少ないですけど、同じ塗り方で仕上げています。
北澤平祐さん 公式ホームページ
https://www.hypehopewonderland.com/
北澤平祐さん X(旧Twitter)
https://x.com/nevermindpcp
▼私の描くグッとムービー(8月2日午後4時配信)