みなさんはSparks(スパークス)というアメリカのバンドをご存じですか? 半世紀以上のキャリアがあって、最近では2021年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した「アネット」の音楽を担当していたり、23年に来日公演をしたり、精力的に活動している知る人ぞ知る兄弟デュオです。
彼らの魅力にハマったイラストレーターの市原淳さん。劇場公開されたドキュメンタリー映画「スパークス・ブラザーズ」(21年)を見て、ついには彼らとコラボして、来日公演のオリジナルグッズ制作まで行いました。その経緯や、原画展覧会の裏話を写真ともにお届けします。
(聞き手・中山幸穂)
※市原淳さんは8月23日(金)朝日新聞夕刊「私の描くグッとムービー」に登場予定です。
そもそも……スパークスとは??
アメリカ・カリフォルニア出身、チョビひげがトレードマークの兄・ロンと弟・ラッセルのメイル兄弟からなるポップ・バンド。1960年代後半、Halfnelsonという名前でバンドを結成。1972年にスパークスに改名し、ロンは作詞作曲・キーボード、ラッセルがボーカルを担当する。独特な歌詞と一つのジャンルに縛られず様々なエッセンスを取り入れた曲が特徴で、2024年現在26枚のアルバムを発表している。
――「スパークス・ブラザーズ」のイラストを書き下ろしていただきました。イラストついてご説明いただけますか。
新聞に掲載ということで、パッと目をひく感じにしたい、そのために色数を絞ろうと考えました。ラッセルが近年赤い衣装を着ていることが多いので赤色を使うことにして、もう一色はシンプルな青が引き立つなと思って青を選択しました。スパークスを知らない人も多いと思うので、一目で彼らの性格とか雰囲気とかが伝わればいいなと思って、表情など工夫しました。
今回書き下ろしていただいたイラスト
――市原さんとスパークスのなれそめを教えて下さい。
22年に、ラジオでスパークスの曲を紹介されていたところを偶然聴いたのがきっかけです。サブスクの音楽配信サービスを利用して聴きはじめ、歌詞も知りたいって思ってCDを買って、歌詞カードを読んでみたりしているうちにどんどんハマっていきました。色々曲を聴きあさっているときにちょうど映画「スパークス・ブラザーズ」が公開されるという事を知って、映画館に見にいきました。なので、実はファン歴は長くなくて。多分学生の頃にも聞いていたと思うのですが、そのときは通り過ぎてしまっていて。これまで色んな音楽を聴いてきて、やっと今、スパークスに気づけました。
――「スパークス・ブラザーズ」を見て彼らとコラボしたいと思ったそうですね。
映画を見て、音楽も聴くようになって、SNSでもスパークスをチェックしたりするようになったんです。すると、世界中のスパークス ファンたちが毎年9月に1カ月間毎日テーマを決めてスパークスのことを投稿しよう!と”Sparkstember”というイベントをしているのを見つけたんですね。それを僕もやってみたいと思って、曲をテーマにイラストを描いて投稿し始めました。このイベントは公式も認知していて、たまにインスタグラムのストーリーズなどで上げてくれるんですよ。
――それは嬉しいですね。
すごく嬉しかったです。だんだん描いた作品を何かに生かしたいと思うようになり、スパークス本人たちに売り込んでみようと決意しました。まずはひとりでファンクラブの問い合わせ先に送ってみたのですが、お返事は来ませんでした。それでも諦めきれず、今度はSparkstemberの投稿を通じて知り合った日本人のファン四人(イラストレーター2人、ディレクター、デザイナー兼通訳)で「テクテクス」というチームを組んで、企画書を作って、彼らのマネージメントをしている会社を探し出してそこに送りました。すると「おもしろそうですね!」という返事をいただけたんです。打ち合わせを重ね、なんと2023年7月の来日公演でコラボグッズを製作・販売することに決まりました。
――グッズが販売されている様子など見にいきましたか?
もちろん!でも販売スペースの間口がとても狭くて商品が分かりにくかったので自分たちで通路の脇にサンプルを置いたり、お品書きのパネルを持って行列に並んでいるお客さんに見せて回りました。
ライブ会場の物販コーナー(左は市原さん)
製作したグッズ(https://tectecs.theshop.jp/で現在も購入可能!)
当日も売れましたが、彼らが帰った後、事務所から連絡があって、公式のオンラインストアでも売りたいと。実際に販売すると数時間で売り切れになってしまって。買えなかった人もいたので、再販もしました。現在海外からは購入できないので、今でも海外のファンの方からグッズを売ってほしいとメッセージをいただくこともあります。
あと、公演当日のスタッフの腕章を自分たちで作っていたのですが、それをプレゼントしたら、ラッセルがステージ上で付けてくれてすごく感激しました。
市原さんたちが制作したスタッフの腕章
ステージで腕章をつけているラッセル
――2023年7月からは展覧会もしたそうですね。
グッズ化した原画作品の展示会を東京と大阪でそれぞれ1週間行いました。まだスパークス兄弟が日本に残っていると知っていたので、展示会にも来てくれたらいいなとは思っていましたが、東京で在廊しているときに兄弟別々に来てくれたんです。
東京・原宿で行われた展覧会の様子
――何か言葉を交わされたりしたのですか。
結構長い時間喋ることができて、スパークスに対する思いを伝えました。ラッセルは作品を買いたいって言ってくれてね。
――ラッセルはどの作品をチョイスしたんですか。
「エスカレーター」という曲をテーマに書いた作品や、他にも何枚か欲しいと言ってくれました。ロンも、僕が「どれかプレゼントさせてください」と言うと、自身が乗っているフォルクスワーゲンを描いたイラストを選んでくれました。
スパークス兄弟にプレゼントした作品
市原さん自作のポスターにサインも
ロンが来てくれた日は特に暑い日でした。あまりにも暑そうだったので、僕が持っていた日傘を渡したんです。でもアメリカではあんまり文化的に日傘がないのか、「広げ方が分からない」と言ったので、広げてあげて。「ありがとう」って帰って行ったのですけど、後日、「傘をホテルのフロントに預けたからピックアップして」と人伝いに連絡があって、返してくれたんですよ。ホテルに受け取りに行くと、ぐちゃぐちゃではあるけれど畳んであって、きっと分かんないなりに畳んでくれたんだろうと。その傘はもったいなくてしばらく使えませんでした。
――スパークスの楽曲はジャンルも種類も多岐に渡っています。初めて聞く人が聞きやすい曲を教えてください。
「This Town Ain't Big Enough For Both Of Us」ですかね。曲名が長いので短縮して「ディス・タウン」ということが多いです。2022年にアップルのiPadのCMに使われていたので、どこかで聞いたことがあるかもしれません。
♪This Town Ain't Big Enough For Both Of Us
――市原さんが特にお好きな曲はありますか。
いっぱいあるし、日々変わったりするのですごく難しいのですが……今1つ挙げるとしたら「Mr. Hulot」ですね。フランスの映画監督ジャック・タチのことを歌った短い曲で、曲調が監督の雰囲気を表していてすごく好きです。
♪Mr. Hulot
市原淳
愛知県生まれ。絵本作品に「もいもい」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)「しー しずかに」(金の星社)など。
グッズ、書籍、広告のイラストレーションも制作。
公式ホームページ:https://www.ichiharajun.com/
取材後記
市原さんは楽曲の魅力について、「とても個性的でオリジナリティがあり刺激的。知的でふざけた歌詞を楽器のように歌い上げるラッセルも素晴らしい」と話してくれました。 知的でふざけた歌詞?と不思議に思いつつ、取材後教えていただいたおすすめ曲やコラボグッズのモチーフとなった曲を歌詞に注目しながら聴いてみると、確かに意味がつながっているようでつながっておらず、引っかかりを覚えました。でも、その引っかかりがより曲を理解したいという気持ちにつながり、リズムも相まって何度も繰り返して聞きたくなります。
色々聴いてみた中で、私はくしゃみをテーマにした「Achoo」と、聴いていると自然と体を揺らしたくなるようなリズムの「LOOKS,LOOKS,LOOKS」がお気に入りです。ちなみにうちのデスクがお薦めする曲は、「スパークス・ブラザーズ」のエンドクレジットに流れる「The Number One Song In Heaven(ライブバージョン)」と、映画「アネット」冒頭で彼ら自身が演奏する「So May We Start」だそうです。素敵な音楽との出会いをくれた市原さんに感謝です。
(中山幸穂)