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【SP】砂糖ゆきさん ロングインタビュー

 おいしそうでどこか懐かしい、ケーキ、パン、ゼリー……。食べ物を中心に描くイラストレーター、砂糖ゆきさん。彼女の絵を見ていると、この世界のどこかにある穏やかな一瞬を、そっとのぞいている感覚になります。

 今回は、砂糖さんがイラストレーターになるまでの道のりや、スランプへの考え方、今後の挑戦などについてお話を聞きました。是非彼女のイラストとともに、ご覧ください。

(聞き手・斉藤梨佳)

 

Profile

砂糖ゆき

 さとう・ゆき 1992年生まれ、宮城県出身。書籍の装画などで活躍。ニベア花王「ニベアクリーム」デザイン缶(2024年)のイラストも担当。LINEスタンプも販売中。

 

※砂糖ゆきさんは9月5日(金)朝日新聞夕刊「私の描くグッとムービー」に登場。

 

――砂糖さんのイラストは食べ物をモチーフにしていることが多いですが、どのように描いたらこんなにおいしそうに見えるのでしょうか。

 

 私は主にアクリルガッシュいう絵の具を使って描いています。発色がよくて、ムラになりにくく、重ね塗りもしやすいので、パンのカサカサとした質感や焦げ目、粉糖などの雰囲気を出しやすいんです。あとはパンを描く時に、茶色をそのまま使うと沈んで見えてしまうことがあるので、赤色と黄色を混ぜてオレンジに近い色にして使っています。やっぱり実際と絵とでは見え方が違うので、彩度を上げたり、質感を強調したりもしています。

 

――デジタルで描く方も多い中で、そういう微妙な調整をアナログでやっているのですね。

 

 私の場合は絵の具にあまり水を混ぜずに、こってりとしたテクスチャーで使うんです。そうすると、絵の具が層になって重なっていきます。最終的にはそれをスキャンしてデータ化してしまうんですけど、その絵の具が塗り重ねられた厚みが、やっぱりアナログじゃないと出せない表現かなと感じていて。それが私の絵の良さかなと思っています。

 

 
 

©砂糖ゆき

 

――砂糖さんのイラストは、ほっこりとした穏やかな作風が印象的ですよね。

 

 元々絵を描くきっかけになったのが、子どもの頃から絵本や児童書が好きだったんです。子ども向けの作品って、大人向けの小説などに比べて、圧倒的に平和じゃないですか。今は大丈夫なのですが、元々どろどろとした物語がすごく苦手で、20歳くらいまでは割と平和で温かなものばかり見ていたので、その影響があるのかもしれないですね。嫌な感情が起きない絵にしたいというのはありますね。

 

――山形県の東北芸術工科大学・グラフィックデザイン学科を卒業したそうですね。大学に入るまでは吹奏楽をやっていて、絵はほとんど描いたことがなかったと聞いて、驚きました。

 

 元々絵を描くのは好きだったのですが、中高生の時はノートにシャープペンシルで絵を描く程度で、本格的に油絵などをやったことはありませんでした。当時は音楽をやりたいという気持ちの方が強かったんですね。でも大学に進学する時に、せっかくならやってみたいと思っていたことを学ぼうと、美術の道に進みました。

 

――未経験から美術系の大学に進むのは大変だったのではないかと思うのですが、なぜこの大学を選んだのですか?

 

 美術系の大学は実技試験が難しくて、初心者にとってはハードルが高いですよね。ただ私は当時AO入試で合格しました。クラスTシャツなどの高校時代に描いた絵と、 当時励んでいた部活動について写真やイラストでまとめたポートフォリオを作成して、プレゼンなどはしましたが、いわゆる美大に入るための実技という感じではなかったので、美術経験のない私でも挑戦しやすかったです。入学してからも本当に一から教えていただいたので、のびのびやれたと思います。この学校があることが本当に救いでしたし、あの時入れていなかったら、今とは全く違う仕事をしていた気がします。

 

――在学中はどんなことを学んでいたのですか?

 

 本の装丁や、ポスター、ロゴを作るような基礎的なことを学んでいました。デザイン学科だったので、将来はデザイナーになるのかなという漠然とした気持ちはあったのですが、自分のイラストも描きたいと思って、授業とは別で個人的に描いていました。  

 特に楽しかった授業はイラストの授業ですね。クラスの中で投票して、一番良かった作品を決める時があったのですが、それで1位をとったことがあって。今とは絵のタッチも、作品との向き合い方も全然違いましたが、自信になった出来事でしたね。いつかは絵を仕事にしてみたいという気持ちがより強くなった気がします。

 

――絵のタッチや作品との向き合い方は、今とどう違ったのですか?

 

 当時は全身を使って絵を描くような感じでした。例えば、手で絵の具を触って伸ばしてみたり、筆を大きくラフに動かしたり……。今はどちらかというと緻密(ちみつ)なテイストで描くことが多いですね。学生の時は楽しく描くことを優先していたのですが、やっぱり今は仕事として受けているので、自分の感情以上にどう見せたいかということを大事にしています。

 

大学時代に描いたイラスト 

 
 

©砂糖ゆき

 

――大学4年生の夏休みには東京で個展も開催したそうですね。

 

 本当につたないものでしたが、挑戦してみたいと思って、朝ごはんをテーマに開催しました。それまでは本名で絵を描いていたんですけど、これを機に作家名をつけたいなと思って、本名の読みを生かして「砂糖ゆき」にしました。作家名をつけるのは、これからイラストをやっていくぞ、という宣言でもありました。だから生涯使える名前が良いと思ったんです。大学は山形でしたが、あえて東京の吉祥寺で開いたのも、これから東京でやっていくぞ、という決意表明みたいなものでしたね。

 名前と絵の印象を一致させたいと思って、お砂糖の「砂糖」をつけることで、食べ物の絵を描いていこうと決めました。知り合いが来てくれる程度の小規模なものでしたが、この時期から今のタッチが出来上がってきた感じですね。

 

当時の個展の様子 

 

展示した作品 

 
 

©砂糖ゆき

 

 ――卒業後はパッケージデザイナーとして6年半働いたそうですね。

 

 大学で色々な授業を受ける中で、パッケージデザインが一番しっくりきたんですよね。お菓子のパッケージも作っている会社だったので、私の絵のテーマでもある食に関することにも携わることができるなと思って、そこに就職しました。仕事ではレイアウトを考えたり、裏面の成分表示の部分をデザインしたりしていました。その時もいずれイラストをやりたいという思いはあったので、自主制作でSNSに投稿する生活を続けていましたね。デザインの仕事の時はデザインをして、仕事が終わると今度は自分の時間で絵を描くというのが、私の中ではストレス発散になっていました。思うように時間が取れなくて葛藤することもありましたけど、どちらもあって良かったと思っています。そこから段々とSNSを見た方からイラストのお仕事をいただくことが多くなって、両立が難しくなり、独立しました。今でもお菓子の絵を描くときなど、どうおいしく見せるのかを考えて表現しているので、パッケージデザインで学んだ経験が生きていると思います。

 

――これからイラストレーターとしてやっていける、と思えた印象的なお仕事はありますか?

 

 2020~2021年度の雑誌「婦人之友」(婦人之友社)と、フリーペーパー「私のまいにち」(毎日新聞社)の表紙を同時に担当したことです。どちらも月刊誌で2年間なので、48冊分ですよね。毎月のものなので、季節感なども考えなければならなくて、大変でしたが、自信になりました。当時の私にとっての顔になるような大きな仕事でしたね。

 

――ほとんど絵を描いたことがなかった中で美術系の大学に入学し、パッケージデザイナーとして6年半務めた後にイラストレーターになるのは、決して平坦(へいたん)な道のりではなかったと思います。今までイラストレーターを辞めたいと思ったことはありませんでしたか?

 

 つらい時はもちろんありますけど、辞めたいと思ったことはないですね。やっぱり自分で何かを表現するのが好きですし、それが形になって、人に影響を与えることができるのがすごく励みになっています。

 でも、描きたいものをうまく表現できないスランプの時はつらいですね。自分でも満足するものが作れず、お金をいただいているのに納得できるクオリティーのものを作れない時は、結構つらいなと思います。

 

――スランプに陥った時、どう乗り越えてきたのですか?

 

 まだ私も乗り越え方は分からないんです。

 でも吹奏楽をやっていた時に先生から「技術より先に育つのは耳なんだ」と言われたんです。良い音楽やそうでない音楽を聴いていると、耳はどんどん成長していくけど、自分の演奏技術がそれに追いつかなくて、葛藤が生まれ、スランプになったと感じてしまう。その話がずっと頭の中にあって。自分がうまくできていないと感じるのも、ある意味耳が成長した証しでもあるじゃないですか。段々と自分の実力もついてくるけど、その分耳はさらに前に進むから、またギャップが生まれる。スランプはうまくなっているからこそ、感じることなのかなと思っているので、苦しみながらも受け入れています。

 

――自分自身が成長しているからこその、成長痛のようなものなのですね。最近は動物も描かれているようですが、きっかけがあったのですか?

 

 個展を開いた頃からずっと食べ物をメインに描いていて、ここ2、3年になって、このままだと成長が止まっちゃうなと感じて。食べ物を軸にするのは変えずに、もう少し幅広く描けるようになりたいと思って、描き始めました。  

 食べ物も動物も、選ばれやすいモチーフではあるので、どう自分らしさを出すかという悩みはずっとありますね。でも、今までほぼ食べ物だけだったのが、動物も描くようになったことで、新鮮な視点で描けるようになった気がします。正直に言うと、今までは動物がそこまで興味を持てる対象ではなかったんです。でも描き始めるようになったら、動物のしぐさとかがすごく可愛らしく見えてきて。このしぐさをこう表現したら良いんじゃないかみたいなのが、自分の中でも分かってきたんですよね。

 

 

 

©砂糖ゆき

 

――新しくトライしたからこそ、世界が広がったのですね。砂糖さんの今後の目標はありますか?

 

 きれいな絵とおいしそうな絵は違うと思うので、私はできるだけおいしそうに描きたいと思っています。そして、これからはもっとシチュエーション的に描いて、見てくださった方の感情を揺さぶれるような絵を描きたいです。例えば、「悲しい時に甘いお菓子を食べて癒やされたな」とか、「仲直りした時に食べた味だな」とか。そういう食にまつわる体験を思い起こしてもらえるような絵を描きたいですね。

 

 

取材後記

 絵を仕事にしている方は、中高生の頃から絵を学んできた方が多いイメージがありました。砂糖さんが大学生になるまで絵を本格的に描いたことがなかったという話は、将来に思い悩む方々にとっても希望の光だと思います。

 スランプの時に思い出すのは、音楽の先生からもらった大切な言葉。頑張っているからこそ、前に進んでいるからこそ、感じる苦しみ。取材中もとても素敵な話だと思いながら聞いていました。これまで歩んできた努力の足跡を振り返って、今の自分を認めてあげられる。読者の方々にとっても、このお話がそんなきっかけになればうれしいです。そして、先生にもらった言葉を今もなお、大切な指針にしている砂糖さん。その素直な心も、作品に投影されているのだと思います。

 今はなんだか「平和」という言葉に、口が違和感を覚えます。でも彼女のイラストは、見る者の心に柔らかな平和をもたらしてくれる。仕事や人間関係の悩みはつきません。時々誰かの悪意を感じ、世界が美しく見えなくなることもある。だからこそ、悪意のない優しさを放つ彼女の作風に、触れていたいと思うのです。

(斉藤梨佳)

 

公式インスタグラム

 https://www.instagram.com/satoyuki_illustration/

 

▼私の描くグッとムービー(9月5日午後4時配信)

https://www.asahi-mullion.com/column/article/dmovie/6626

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